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オーケストラ部⑦ マエストロA

 私がファンになったフルート同期2人のうち、もう1人は数少ない男子のAだった。

 ちなみに駒フィルの男女比がどれくらいかというと、私がいた2年間の平均で、だいたい女子75人対男子5人弱といった具合だ。

 Aは寡黙でストイックなクラシック好きで、音大に進学した生粋の音楽家だ。よっちゃんも凄いが彼のフルートもまた抜群に美しく正確で繊細で、もう2人とも上手すぎてもはや浮いていた。
 楽器決めのフルート希望の席で「さっさとオーディションしようぜ戦ってやんよ」と2時間ふつふつと闘志を燃やしていた4月の私に「やめろぉ!」と怒鳴って即座にホルンの席へ連行したい。

 駒フィルでは3年生が4月末の定期演奏会で引退し、5月から1年生と2年生の新体制が始まる。毎年冬頃に1年生の中から次の代の部長、副部長といった役職者と、指揮者、コンマス(コンミス)、各楽器のパートリーダー、セクションリーダーといった音楽面・練習面での役職者を決める。

 その全員参加の話し合いで、次期指揮者に立候補したのはAだけだった。

 私は「指揮者なんて大変な役割をやりたい人なんているのかなぁ?押し付け合いになったりしたらどうしよう」と余計な心配をしていた。なので立候補する部員がいたこと自体に驚いたのだが、それがAだと知ってとても納得した。
 彼は物静かだが、フルートと音楽への愛と情熱はあまり話したことがない私にもひしひしと伝わる。彼なら、どんなクラシック音楽に対しても「こんな演奏にしたい」というビジョンを持って我々を導くことができるだろう。え、私ですか?2年間オーケストラやってましたが、知らないクラシック曲は普通に寝落ちしますね。何か?

 そんなAに黙って投票すれば指揮者は決まるんだー、安心安心。と私はのんきに思っていたのだが、全員の前に立ったAは、こんなことを言った。

「楽器決めの時にあんなにフルート希望がいて自分がフルート担当になったのに、フルートをやめて指揮者になるのが申し訳ない」

 ふーん、そうなんだ。気にしすぎじゃないかなぁ?

 と思ってから数秒後、

「あ、これ私にも言ってる!?」

 と気づいた。

 もう、自分がフルート希望の席で「ぜってえ動かねえからな」を2時間やってた6人のうちの1人だったことを、完全に忘れていたのだ。

 それを聞いた顧問は言った。

「4月にフルート志望で他の楽器に移った4人に、1人ずつ立って意見を言ってもらいましょう」

 新ジャンルの地獄が創出された瞬間である。

 え、意見も何も、特にありませんけど!?「え、意見ですか?別になんとも……」を80人の前で演説するにふさわしい内容に今すぐ膨らませろってことですか!?元フルート志望の自覚すらなかった人間は一体どうすれば!?

 すぐに一人目が指名され、「元フルート志望としてAの指揮者への立候補をどう思うのか」というテーマの演説を強制される。
 私は脳をフル回転させて半分はその内容を聞き、脳のもう半分で上手いこと内容をパクってかつ被り過ぎないスピーチ原稿を必死で組み立てた。
 私の番がついに来て、「あの機会がなければホルンをやらなかったし、ホルンにとてもやりがいを感じているので気にしなくて良いです」という旨を、しどろもどろのガッチガチになりながら、80人が静まり返る中で述べた。他の3人も似たようなことを言っていて、不満や反対を述べるものは誰一人いなかった。いや、仮にいたとしてあの場で言えるのかという疑問は残るが、まあとにかくAの心配は杞憂ということになった。

 そして私達が2年生の4月末になると先輩方は引退した。Aを指揮者に据え、1年生を迎えた新体制での活動が始まる。

 “Aは表情が変わらず、何を考えているのか分からない”というのが私の最初の印象だった。フルートは上手いし、音楽に対して真面目だし、頼りになるけどちょっと怖い人なのかな?と、勝手ながら想像していた。

 さて、指揮者になるということは、この代の75人の部員全員とほぼ平等に関わるということである。
 指揮者は、常にオーケストラ全体を見て、改善が必要な楽器に指示を出さなければならない。上手い楽器には何も言うことが無いのかというとそうではなく、結局は全体でバランスや調和が取れていなければならない。例えば、ファーストバイオリンに問題が無くても「弦楽器全員、ここ周りの音よく聞いて合わせて」と言うし、どんなにフルートが上手くても「ここは金管がメインだから木管のハーモニー、もうちょっと抑えて」といった指示を出す。
 扇形に広がるオーケストラの中心、指揮台の上からしか分からない音を聞きながら、指揮者は演奏の完成度を上げるために、日々オーケストラ全体を細かくメンテナンスしていく。

 そんなオーケストラの中心に、数少ない男子が就任した。
 吹奏楽部出身は分かると思うが、女子が圧倒的に多い部活の中心に男子が放り込まれたらどうなるか──「モテる?」違う!

 いじられまくるのだ。

 まずAは、駒場の高2女子という、日本トップクラスにパワフルな生き物達から猛烈にいじられていた。それを見て「あ、そんなんでいいんだ」と、1年生も加わる。基本的には愛のあるいじりだったと思うのだが、全貌と本人の感想は分からない。
 しかし少なくとも、あまり変わらなかったAの表情は少しずつ豊かになり、笑顔を見せることも増えた。私が1年の時の先輩指揮者、F先輩はいつもニコニコしていて、「オーケストラ部④ サマーコンサート」にも書いた通り、本番直前には我々全員の緊張を解きほぐし包み込むような笑顔を見せてくれた。それと同じ笑顔を、表情の硬かったAもだんだんと見せるようになっていった。

 しかし、この代で取り組んだベートーヴェン交響曲第5番「運命」に関して言えば、Aのキリッとストイックな雰囲気はとても合っていたと思う。

 冒頭の有名な「ジャジャジャジャーン」は、全員のタイミングを合わせるのが難しく、しかしピッタリ合わなければ迫力が全く出ない。
 この部分について、音大でも教えているとかいうなんか権威ある講師の方が「指揮者と奏者全員、睨み合って!殺し合うように!」という物騒なアドバイスをした。その物騒なアドバイスの効果はてきめんだった。

 指揮者が振り始める前、50人の弦楽器全員が楽器を武器のように構え、本当に指揮者一人を一斉に殺すような眼で睨み据える。

 指揮台の上で、Aはその視線を一身に受けながら全員に殺気を眼で返す。

 冒頭は休みの私も、この鬼気迫る緊張感には身動き一つできなかった。

 そんな張りつめた静寂の中、Aの一振り目で、例のフレーズが絶望のように降臨する。

 この殺気を放つような指揮は、変な言い方だが、Aにとても似合っていた。女子からさんざんいじられていたとかさっき書いたが、合奏になれば全員が指揮者のAに敬意をひょうしていた。

 1年間的確に各楽器への指示とアドバイスを出し続け、1曲短くて5分、交響曲を全楽章振れば約35分間、集中力を切らさず表現力豊かに指揮棒を振り続けたAには、「高校生でよくあんなに立派に務め上げたものだ」と、今書いていても感動してしまう。

 そしてAの話で絶対に外せないのが、バレンタインデーである。

 女子の多い部活にいる男子というのは、本命か義理かはさておき、毎年必ずチョコを複数個貰えることが多いだろう。

 もう一度言うが、指揮者というのは75人全員と平等に関わっている。
 演奏面で、75人全員が指揮者のお世話になっている。
 女子がその中で71人。ということは。

 女子71人のほぼ全員から、Aはチョコを貰うのだ。

 あげた私の感覚としては、「完全に義理」だ。男女関係なく、同じ楽器やセクションにはお世話になっているのでチョコを渡す。同じように、指揮者にもお世話になっているから渡すのだ。それがたまたま男子だからといって、みんながそんな感覚で渡しているので、気恥ずかしさは全く無かった。

 Aはその日、「はい、ありがとう。あ、はい、ありがとう」と機械のように次々とチョコを受け付け、イケアの青いクソデカバッグをいっぱいにして持ち帰っていた。

イケアのクソデカバッグ

 そして気になるのが、ホワイトデーのお返しだろう。

 Aからのお返しは、受け取った時以上に機械的だった。

 Aはスーパーで売っているような大容量のチョコクッキーを開けると、71人の女子全員に「はいありがとう、はいありがとう、はいありがとう」と、手裏剣を放つ忍者のごとき素早さで一枚ずつ手渡しながら、端から端まで駆けていった。

 当時のAがどんな気持ちでバレンタインデーとホワイトデーを過ごしていたのかは、是非とも聞いてみたい。

 一番気になるのは、あの約70個中に、本命は一つでも紛れ込んでいたのかということである。


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