築地のお寿司と月島のもんじゃ
大学時代、アルバイト先の社長が、築地市場の場内にあるお寿司屋さんに何度か連れていってくれたことがある。3時間待ちは当たり前と言われていた「寿司大」というお店だ。当時もいついっても満席だったが、何時間も並んだという記憶がないので、スーパー行列は徐々に人気が出てのことだろう。
「寿司大」に辿り着くまでに、少し場内を歩く。ターレーと呼ばれる立ったまま乗る小さい車が、結構なスピードを出しながら行き交っていて、ぼーっと歩いていて「あぶないよっ!」と怒鳴られたことが何度かある。「なんだか場違いなところに来ちゃったな」と思いながら、そのワサワサとした空気に、遠足のような楽しさを感じていた。
「寿司大」の店内は奥に細長く、カウンター席がずらーっと並んでいる。おまかせで出していただいたものを食べていくのだが、どれを食べてもおいしかった。当時は語彙がないので(今もか)、「おいしい」しか言えなかったが、本当においしかった。今後、大作家の食にかんする描写を学んで、もう少しまともにおいしさを書き表せるようになったら、そのおいしさについてまた書こうと思うくらい、おいしかった。
あるとき生牡蠣をいただいたのだが、それまでスーパーで売っているような牡蠣しか見たことがなかったので、窒息するんじゃないかというくらい身が大きくてびっくりしたことがある。味も想像以上に濃厚で、噛むとじゅわっと汁があふれてきて、あれ以上の生牡蠣はまだ食べたことないなあというくらい、忘れられない味になっている。
2年前、水質問題などでごたごたしながらも市場は豊洲に移転した。だから豊洲に行けばまた「寿司大」のお寿司は食べられる。
だけど、あのざわざわがちゃがちゃした真剣勝負な雰囲気が漂う場内の感じや、大学生が大人の世界を背伸びして覗き見るような感じなど、そういう「感じ」全部込みでの「寿司大のお寿司」だから、豊洲のきれいな建物のなかで食べると、なんか違うものに感じられるのではないかと思っている。
豊洲といえば、この10年くらい、豊洲駅の近くにある施設を利用して講座を開催することが多かったので、一駅となりの月島に、何度かもんじゃを食べに行った。
月島というと「下町情緒たっぷりな街」というイメージを勝手に抱いていたが、最近では再開発が進み、最新のタワマンが建っていて、もんじゃストリートもすっかり観光名所っぽく整えられている。だけどちょっと道を入ると昔ながらの下町の街並みがまだ残っていたりもするのも味がある。
もんじゃストリートに何度か行ったなかで一番印象に残っているのが、「食べ放題」のお店だ。そのときは何軒かあるうちの「まんまる」というお店に入った。7人で、3人と4人の2つのテーブルに別れて座り、飲み食べ放題のコースを頼んだ。
「焼き方はわかりますか?」という店員さんに、「あんまりわかりません」と答えると、説明をしながら、手際よくやってくれる。
「こて」が鉄板の上でタップダンスをしているように、「カンカンカカカン」と小気味よい音を立てるのが、見ていてウキウキする。こうやって具を炒めたあと、まあるく土手をつくってそのなかに残っている汁を流し込む。
お好み焼きや焼きそばなんかと比べて、もんじゃだといくらでも食べられそうな気がするのだが、ちゃんとお腹は膨れてきて、1時間もたたないうちに「も、もう、一口も入りません」というくらいパンパンになった。食べ放題のし甲斐がない、中年の人たちだったからしょうがないのだが、それでも3,000円くらいで飲んで食べて、これはお得だなあと思った。
もちろん、食べ放題じゃない他のもんじゃ屋さんも何軒か行ったことがあるが、どこもおいしかった。鉄板のコミュニケーションは鉄板というか、なぜか腹を割って話す空気がある。これが焼き肉だと、いそがしくて話に集中できない。もんじゃは「ちょっと待つ時間」、これがあるからいいのかもしれない。
子どもの頃は「何がおいしいのか、そのよさがわからない」と思っていたもんじゃだけど、年齢を重ねると、もんじゃ一択になってくる。もんじゃのあの少しぱりっとした、微妙な味を、ときおりたまらなく食べたくなる。
築地と月島、どちらもおいしい思い出の場所だ。