まさかの道玄坂
大学のときの話。ある日のバイトの帰り、バイト仲間の男子2人と私の3人で、渋谷で飲んでいた。
始発が走りだす頃、駅に向かって道玄坂の歩道を3人並んで歩いていた。
すると突然、私は息ができなくなり、その場に座り込んでしまった。
何が起きたのかわからなかった。
お腹の痛みと目に飛び込んできた映像がつながって後から理解できたのは、通りすがりの男が、いきなり私のお腹に飛び蹴りをしたということだ。
一瞬の出来事に、隣にいた二人も何が起きたかわかっていないようだった。私が息も絶え絶えに「蹴られた」とつぶやくと、バイト仲間の一人が、猛然とその男を追いかけていった。もう一人のバイト仲間が、「大丈夫?」としゃがみ込む私のそばについていてくれた。
その場にうずくまったまま、男が逃げていった方を振り返ると、追いかけていったバイト仲間が、その飛び蹴り男に、吉川晃司のようなハイキックを決めているところだった。
お腹は痛いままだったが、なんだかすっきりした。
その跳び蹴り男は、ひょろっこいもやしのような男だった。
襟首をつかまれながらも
「お前の女が悪いんだろー!」
と叫んでいた。
広がって歩道を歩いていたのが、邪魔だったのだろうか?
なぜ3人の真ん中の私が狙われたのか、いまだに謎だ。
しかも。
ハイキックを決めたバイト仲間と、まさかその後付き合って結婚することになろうとは、そのときには思いもしなかった。
数年後、結婚して妊娠。
安定期に入るか入らないかくらいの頃、久しぶりに渋谷で人と会う約束があり、出かけた。
帰り道、またも道玄坂をくだって、地下鉄への階段を下りていたときのことだ。久々のお出かけで履きなれない靴をはいていたからか、するっと足がすべり、階段を下まで滑り落ちてしまった。
私は、階段の下にぺたっと座り込んだまま、茫然として動けなかった。
転んだ痛みよりも、妊娠中に転んでしまった、取り返しのつかないことをしたんじゃないか……、とパニック寸前だった。
しかも、誰からも声をかけられず、助けおこされることもなく、本当に長い時間、ただただ座り込んでいた。
しばらくして、おそるおそる立ち上がり足を怪我していないことを確かめると、ゆっくり駅のトイレに向かった。出血していないか確認したが、大丈夫そうだ。お尻はめちゃめちゃ痛かったが、おなかには痛みがない。震える足で帰宅した。
結果的には何事もなく、そのときお腹にいた長男は、ラグビーでフォワードをやるほどタフな健康優良児に育った。
どちらも一瞬の出来事だけれど、未来が変わりうる瞬間でもある。そんな道玄坂でおこった「まさか」の結果、うちの家族4人は、今ここに、こうして暮らしている。
いつかどこかで、「人生には3つの坂があって、上り坂と下り坂と、道玄坂と・・・」と、うざがられるかもしれないが、この道玄坂の話をしてみたいと思っていた。
ふいにこんなことを思い出したのは、今日届いたポール・オースターの『トゥルー・ストーリーズ』を読み始め、いろいろ考えることがあったから。
フタをしていたいろいろなことが、出てくるような気がしている。もうちょっと読み進めてから整理してみよう。