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5分小説 『正しいお金の使い方』

 やっと訪れた休日。

昼過ぎまでぐっすり眠って、午後からお気に入りのおつまみとビール片手に取り溜めてた映画を観ようと思っていたのに……

上司からの電話で起こされるという、最悪なお目覚め。ちらりと壁掛け時計を見やれば、まだ9時ではないか。

無視して二度寝しよっと!

私は何も悪くない。
休日に電話してくる上司が悪いのだ。


しかし、一向に鳴りやむ気配のない着信音。
一瞬途切れたかと思ってもすぐ軽やかな音色を響かせる。そのポップなメロディが、今はひどく煩わしい。

いっそ電源を落としてやろうとスマホを手に取れば、不在着信8件の文字……

これはヤバい……もうすぐ二桁になってしまうではないか!

さすがに何か緊急の用事があるのかもしれないと私は慌てて応答ボタンを押した。

と同時に低いトーンの声が耳朶を打つ。
やっぱり出なきゃ良かったと後悔してももう遅い。


『おぉ、水口。上司からの電話を堂々と無視するとはええご身分よのぉ?』
「お、お疲れ様です! 剛田ごうだ係長! でも、私今日休みですよね? ちゃんと事前に希望休出してたはずですよ」
『けど緊急の連絡があるかもしれねぇから、携帯は肌身離さず持っとけって何度も言ったよな?』
「もももちろん! 持ってますとも!」
『ならなんで……って、おまえ寝起き?』
「そうですよ。私、朝ちょー弱いんです」

なのに、日頃から気に食わない上司に叩き起こされて、私今激おこぷんぷんマリゲリータ食べたい状態ですよ!

『へえ、知らんかった』
「言うほどのことでもないですもん。それに仕事には遅刻したことないですし」
『まあな』
「で、用件はなんですか?」
『……電話越しだと強気だな、おまえ』

何とでも言え。顔さえ見えなければ剛田係長なんて屁でもない。

『今日、どっか出かける予定あったのか?』
「ないですよ別に。おうちでまったりが私にとっては最高に至福のときなんですぅー」
『うーわ干物お、』
「それ以上言ったら係長といえども刺しますよ」
『こっわ』
「で、何なんですか」
『……予定ないなら昼飯、俺と食え』
「は?」
『これ上司命令。断ったらどうなると思う?』
「いやぁ……わかんないっす」
『ボーナス10%カット」
「はあああ? 剛田係長になんの権限があってそんな!」
『経理の子とも仲良しだから、俺』
「係長の守備範囲広すぎてこわい」

経理の子って確か三つ編み眼鏡の大人しそうな女の子だったよね?

酔った勢いでわがままそうな子がタイプと漏らしてた係長と真逆のタイプなんじゃ……?
いや、人を見た目で判断しちゃダメだよな、うん。

『その代わり、この話に乗ればボーナス増やしたる』
「え、まじっすか?」
『……どうだ? 行く気になったか?』
「そんなの断れる訳ないじゃないっすか!」
『ドタキャンしたらぶっころすからな!』
「やっぱり係長こわい」
『うっさい早く準備しろ。車の中とはいえ寒いんだよ!』
「……え?」

まさかと思って恐る恐るカーテンをめくれば、これ見よがしにマンションの真ん前に停められた黒のセダン。

「な、なんで…」
『人事部のやつとも仲いいから俺』
「係長ってそんな社交的でしたっけ?」

簡単に他人の個人情報流しちゃう人事部もどうかと思うけど……

『さっさと出てこい。まじでボーナスカットすんぞ』
「20分……いや、10分待ってください!」





ツーツーツーと無機質な音に紛れて、自分の心臓がドキドキと高鳴っていたことに今さらながら気づく。

上司命令だなんて、そんなもん、素直になれない自分のなけなしの強がりで。

それでも断られたらこわいから、ボーナスを盾に交渉を持ちかけた。

経理部の子と仲がいいなんて全くの嘘だ。
顔どころか名前もろくに知らない。

それなのに、水口はきっちり10分で俺の乗るセダンの元に走り寄り助手席の窓を叩いた。

「剛田係長、お待たせしました!」

窓を開ければ、普段の隙のないパンツスーツとはまるで違う、キラキラに彩られたメイクと、流行を押さえつつ、自分の魅せ方をよくわかっているファッション。

休日に出かけるのも億劫だというのに、わざわざスカートを穿いてくるなんて期待させる気か。

「……待たせすぎ」

部下の休みに合わせて、有休を取ったなんて知ったらこいつはどう思うだろうか?

気持ち悪いといって軽蔑する?
それとも意外にかわいいとこあるんですね、なんて笑ってくれる?


「勝手に家まで押しかけてきといてよく言いますよ」

そう笑って、なんの躊躇いもなく助手席に座る水口を見ていたら先ほどまでの不安はどこかへ吹き飛んでしまった。

「今日の予定、丸つぶれになったんで映画館連れてって下さい! あと、マルゲリータも食べたいので美味しいイタリアンと、それからアフタヌーンティーも! もちろん全部、係長の奢りで!」

なんて、キラキラした目で訴えられたら従うしかないだろうが。

そして確信した。


今年の俺のボーナスは、全てこいつに費やすことになるんだろうなって。

部下のわがままに付き合わされるのがきっとうれしくてたまらないってことも。


(20151208)


 去年のボーナスの時期にリメイクして更新しようと思っていたら、あっという間に一年経ってたぜ! 時の速さが激流すぎるぜ!

ボーナスの次は一富士二鷹三ボー茄子か……


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