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デジタル化の先へー日本の養殖業の未来構想

先日ポッドキャストにゲストとして呼んでいただいたのですが、「将来の展望はどんなことを考えているのか」という質問に時間がなくて答えきれなかったので、noteをしたためることにしました。

養殖業界のいまと未来

日本の養殖業は、いま大きな岐路に立っています。日本の魚介類の消費量は、長期的に減少傾向にあります。国内の魚介類消費量は1人あたり年間40.2kg(2001年)をピークに現在は23.4kg(2020年)まで落ち込み、2011年以降は肉類の消費量が上回るようになりました。

水産庁 (2)水産物消費の状況

さらに人口減少が加速。今から約30年後の2055年ころには、日本の人口は1億人を下回るくらいにまで減っていると予想されています。1949年は約270万人だった出生数も減少傾向にあり、2023年は過去最少の72万7277人。70万人割れも現実味を帯びてきています。

国土技術研究センター 高齢化の推移と将来推計

こういった社会の変化は生産・消費構造にも影響を与えています。2022年度の魚介類の国内消費仕向量は、643万t(505万tが食用、138万tが非食用)ですが、2012年度と比べると187万t(23%)も縮小しています。国内のマーケットが小さくなっているということです。

令和4年度以降の我が国水産の動向

輸出量は25万t増加しているものの、国内生産量の23%程度に過ぎず、国内市場に大きく依存していることがわかります。それゆえ、国内マーケットの縮小に伴って国内生産量も85万t(20%)減少しています。

「ブランド化で単価を上げればいいじゃない」みたいな話はよく聞きますが、消費構造を考えると厳しい側面があります。2022年以降、実は生鮮魚介類の消費者物価指数はすでに大幅に上昇しています。2023年は対前年比9%上昇。ところが、1人1年当たり購入量は価格上昇に反比例して減少しているのですよね。価格の大幅な上昇は購入量減少を招く一因と考えられるので、値上げ施策だけでは消費量の減少や魚離れを助長してしまい、かえって魚の荷動きが鈍くなってしまうかもしれません。

令和4年度以降の我が国水産の動向

ここからわかるのは、国内市場だけを見据えた生産体制では立ち行かなくなりつつあるということです。養殖業者の多くは大半が中小規模の経営体です。個々の生産者は、限られた経営資源の中で日々奮闘しているものの、市場環境の変化や国際競争の激化に、単独で立ち向かうには有効な一手を打てないまま、市場の縮小とともに経営規模を縮小させることを余儀なくされています。世界に目を向ければ、養殖市場は着実な成長を続けているにも関わらず、日本の養殖業は国内市場中心の思考から抜け出せず、その成長機会を十分に活かせているとはいえません。

養殖の世界でも以前よりは「デジタル化」という言葉を耳にすることが増えてきました。確かに、IoTセンサーで水質を管理し、AIで給餌量を最適化することで、多少のコスト削減は実現できるかもしれません。しかし、それだけで本当に未来は拓けるのでしょうか。

デジタル化は、その先にある未来への入り口に過ぎません。

僕たちの事業の主軸は「uwotech」という養殖管理サービスの開発と提供です。ただ、それはただの入口に過ぎません。本当に必要なのは、データの活用によるスケールメリットの創出であり、業界全体での持続可能な成長モデルの確立です。そのためには、個々の生産者の努力に依存するのではなく、業界全体で取り組める新しい仕組みを作る必要があります。その具体的な取り組みとして、今後挑戦してみたいことが3つあります。

  1. マクロ情報による意思決定の変革

  2. 知見マーケットによる技術革新の加速

  3. オールジャパンブランドによる世界展開

➀マクロ情報による意思決定の変革

養殖業者における最も大きな悩みの一つが「浜値」と呼ばれる市場価格の不安定性です。天然魚の漁獲高や需給バランス等、様々な要因によって価格は大きく変動します。生産者は通常、この変動に対して後手に回らざるを得ません。なぜなら、市場全体の需給状況をリアルタイムに把握する手段がないからです。

ある地域で魚病が発生し、供給量が減少するかもしれません。または、予想以上に成長が早く、一斉に出荷が始まるかもしれません。こうした情報は、これまで断片的にしか共有されず、結果として価格の乱高下の一因になってきました。

こうした状況を改善するためのデータは、実はすでに存在しています。各生産者が僕たちのサービスに日々記録している在池尾数、へい死数、出荷数等です。これらのデータを適切に加工・集計することで、業界全体の動向を把握することは技術的に十分可能だと思っています。僕たちのもつ漁場図の仕組みによって、在池尾数のデータを厳密に管理できるからです。

僕たちが提案したいのは、こうしたデータをリアルタイムに集約し、業界全体で共有できる仕組みづくりです。たとえば、エリアごとの在池尾数の推移と出荷予測、魚病や赤潮の発生状況とその影響範囲などの情報が共有されることで、生産者は「データに基づいた意思決定」が可能になるのではないかと考えています。

市場全体の供給量が不足する時期が予測できれば、出荷時期の調整を検討できます。また、魚病の発生を早期に察知することで、予防的な対策を講じることも可能になります。

重要なのは、これが単なる情報共有にとどまらないようにすることです。データに基づく意思決定が可能になることで、業界全体の最適化が進み、結果として価格の安定化にもつながるといいなと思っています。そうすれば、生産者は、より確かな見通しを持って事業計画を立てることができるようになるはずです。

②知見マーケットによる技術革新

養殖技術の発展には、日々の試行錯誤が欠かせません。しかし、現状では各生産者が個別に知見を積み重ねているため、同じような試験や失敗が各地で繰り返されているように思います。これは業界全体として見ると、大きな非効率と言えるのではないでしょうか。

特に養殖業には時間という大きな制約があります。魚が出荷サイズまで育つのに2~3年。新しい餌や飼育方法を試してみて、似たような試験を追加で行いたいと思ってもすぐにはできません。生簀の台数にも限りがあります。大規模が進まず、中小零細や家族経営が多い日本の養殖業界。当然、1社だけでは同時に検証できる施策の数は限られてきます。結果として、PDCAサイクルの回転が遅くなり、技術革新が進まなくなってしまいます。

そこで僕たちは、養殖に関する知見を適切に評価し、販売・共有できる「知見マーケット」のようなものを構築できないかと考えています。このプラットフォームでは、各生産者の取り組みをデータに基づいて検証可能な形式で共有します。

ある生産者が半年かけて検証した餌の効果検証データは、他の生産者にとっては何ヶ月もの試行錯誤を省略できる貴重な情報となります。また、失敗から得られる学びは、次の挑戦への重要なステップとなるはずです。失敗した知見にもちゃんと価値があるのです。業界全体で知見を共有し、活用することができれば、個社では実現できない速度で技術革新が可能になるのではないかと思います。

もちろん、データに基づいて検証された知見には、適切な対価が生産者に支払われる仕組みを整えていきたいと思っています。試験は絶対に成功するとは限りません。自ら積極的にリスクをとって得た知見には高い価値があります。適切な報酬が支払われるべきです。

③オールジャパンブランドへの挑戦

国内市場が縮小する中、日本の養殖業が成長を続けるには、世界市場への展開が不可欠です。しかし、個々の生産者が単独で海外市場に挑むには、あまりにもハードルが高すぎるように感じます。

現地が要求するスペック(量・価格・品質・規格)で継続的に提供できなければ、一般小売店の棚を確保することはできません。輸出先国・地域の衛生検疫規制や規格基準に合わない産品は全く輸出できません。規制は全体的に厳しくなっていってる傾向にあるようです。トレーサビリティや持続可能性への要求も高まってきています。

しかし、これは裏を返せば、これらの基準をクリアできれば、大きな競争優位性を確保できるということでもあります。

僕たちが目指すのは、生産の川上から川下まで、一貫した品質管理が可能な養殖の仕組みを作ることです。各社で輸出戦略を考えるのではなく、日本が世界と戦える養殖魚の規格・ブランドを先に定義し、そのブランドで生産したい生産者が乗っかる形です。いまのブランド化とは全く逆です。

生産者は規格基準を厳守して、最初から輸出向けに魚を作っていくことになります。日本の各生産地で輸出向けの同一製品を作り、大ロットで輸出していくことができれば、マーケティングもしやすくなりますし、流通コストも下げられるはずです。

たとえば餌は規格化してすべて指定します。生産者や地域の垣根を超えて、品質の確かな餌を共同で開発・調達します。魚粉の製造元や使用量などは輸出先の規制・基準をクリアすることを前提に設計される必要があるからです。スケールメリットを活かして、コスト削減を同時に実現する狙いもあります。

また、種苗、餌、栄養剤、薬品についても規格を定め、使用履歴を完全に記録し、消費者に開示できる体制を整えます。そうすることで「いつ」「どこで」「どのように」育てられた魚なのかを、透明性高く伝えることができます。何より生産者の垣根を超えて統一規格で魚を作るわけですから、規格通りに生産されているかを横断的に管理できるようにしておかないといけません。自主宣告だけに委ねていたら、すぐに形骸化してしまうでしょう。

もちろんこの挑戦は、僕だけでは到底できることではありません。餌メーカー、商社、輸出企業、そして生産者が一体となって初めて実現できる大きな夢です。しかし、日本の養殖業の未来を切り拓く道筋はもはやこれしかないんじゃないかと個人的には思っています。

おわりに

これまで述べてきた3つの取り組みは、それぞれが独立したものではありません。マクロ情報の共有によって意思決定の質が向上し、知見マーケットを通じて技術革新が加速し、そしてその先に世界で戦えるブランドの確立がある。これらは、まさに未来の養殖業を形作る歯車となるはずです。

デジタル化は、その大きな転換点の入り口に過ぎません。真に目指すべきは、データと知見の共有を通じて、日本の養殖業全体の可能性を広げていくことです。

国内市場の縮小は、確かに大きな課題です。しかし、見方を変えれば、これは業界全体で新しい一歩を踏み出すための絶好の機会とも言えます。世界的に見れば、水産物への需要は今後も確実に伸びていくことが予想されています。日本の養殖技術と品質管理の高さは、間違いなく世界で戦える武器になるはずです。

個々の努力には限界があります。しかし、業界全体で力を合わせれば、その可能性は大きく広がると思っています。養殖業に関わる全ての方々と共に、この大きな夢に挑戦していきたい。そして、デジタル技術の活用を通じて、日本の養殖業の新しい未来を共に切り拓いていきたいと考えています。

記事を最後まで読んでいただいてありがとうございました。
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おしまい。

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