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はたらく細胞の舞台裏

ここまでホルモンや血液など体の状態を一定に保つ仕組みである恒常性についてお話してきました。恒常性とは、主に体液(血液)の状態を一定に保つことで、血液中の糖分や塩分をホルモンで調節したり、自律神経で体温を一定に保っています。これらは、私たちが食べたものや私たちを取り巻く環境の変化から発生する変化への対応でした。私たちの体の状態を変化させる要因は、これらの要因以外にも体の外からやってきた生物や物質によって内部環境が変えられてしまうことがあります。今回からの話は、体の外からやってくる異物から体を守る免疫の話になります。

体の外からくる敵と2つの免疫

私たちの体に侵入してくる異物のことを抗原といいます。みなさんは、「抗原」と聞いたら何を思いうかべますか?4年前あたりに発生した新型コロナウイルスをはじめとしたウイルスや、食中毒の原因になる大腸菌などでしょうか。これらは間違いなく抗原ですが、他にもトキソプラズマやマラリアのような原虫(原生生物)やアニサキスのような寄生虫も抗原になります。また、抗原になるのは生物ばかりではありません(ウイルスも生物ではありません)。花粉症の人にとっての花粉や卵アレルギーの人にとっての卵など、体の中で免疫反応を引き起こす物質全てを抗原と言います。
そして、これらの抗原から私たちの体を守るために、自然免疫と適応免疫の2種類の免疫があります。自然免疫は生まれつき持っている免疫で、適応免疫は生まれてから多様な抗原に感染しながら獲得する免疫です。くわしくは、後で述べるとして、わかる人にはわかる言い方をすると、「はたらく細胞」ででてくるのは獲得免疫です。

自然免疫

先述したように、私たちが生まれつき持つ免疫のことで、大きく3つの方法で抗原から体を守っています。
 
物理的:咳, くしゃみ, 涙
詳しい説明は不要だと思います。口, 鼻, 目から入ってくる抗原を肺からの空気や涙で押し返します。

化学的:唾液, 胃液, 涙
唾液や胃液の中にある消化酵素で、体内に入ってきた抗原を分解します。また、涙の中にはリゾチームという殺菌作用のある酵素が含まれています。

生物的:常在菌
私たちの皮膚の表面には常在菌という細菌がたくさんいます。この細菌は進化の過程でヒトと共に進化してきたので、害を与えることがありません。この常在菌が免疫になる理由は、細菌やウイルスの感染というのが一種の”陣取りゲーム”だからです。病気の原因となる細菌は、私たちの体の中に侵入するために私たちの皮膚に付着して、増殖しようとます。しかし、私たちの皮膚の表面には常在菌がいるので、付着できる場所も限られていますし、付着しても増殖のために必要な養分は常在菌に取られてしまっています。そのため、外部から来た細菌は体内に侵入する前に、死んでしまいます。
このような事情があるので、手を過剰にアルコールで消毒してしまうと、手が荒れて、膿んでしまうことがあります。原因は、過剰な消毒で常在菌がいなくなってしまうため、細菌の侵入を許してしまっているためです。かといって、手を洗わない、体を洗わないのもよくありません。私たちの体を守っている常在菌も、体から離れるとただの細菌で、食品の腐敗の原因となります。
 
私は、免疫の話を城攻めの話に例えます。当然、私たちの体がお城ですので、防衛成功にならないと困るのですが。この物理的や化学的な自然免疫は、城壁(皮膚?)から岩や熱湯と落として敵を退ける感じになります。しかし、敵(抗原)の数が多いと、思わぬところで侵入を許してしまいます。そんな時はどうするのでしょうか?

適度な消毒を心がけましょう。

侵入地点に集合

どのようなところが抗原の侵入地点になるのかというと、傷口です。刃物で切ったり、擦りむいたりなどなど。血液の中には、白血球と呼ばれる抗原をやっつける細胞がおり、常に身体中をパトロールしています。また、マクロファージなどのリンパ球も体の中を巡っており、抗原を見つけると対応します。ちなみに、これらの細胞は抗原を食べる”食作用”で対応します。「侵入地点に集合」という見出しから想像がつくと思いますが、抗原が侵入してきたところに、白血球やマクロファージが集まってきます。私たちの体は、細胞の集合をアシストします。その方法というのが、血管の壁を分厚くし、血流量をあげるというものです。白血球やマクロファージは血液にのって移動するので、これで侵入場所に集まりやすくなります。これによって、侵入場所から抗原が体内に広がらないようにしています
この時、血管が膨張して、血流量が増えることから、その場所が腫れて熱を持つようになります。これが、いわゆる炎症です。風邪のひき始めに喉が痛くなるのも、風邪の原因が乾燥してしまったのどから侵入したため、そこで対応しているためです。
ちなみに、白血球やマクロファージが抗原の侵入を防ぎきれなかったら、どうなるのでしょうか?いわゆる、感染ということになります(発症はまだ)。そして、抗原が全身に広がったことから、炎症はなくなります。以前、喉の痛みがあったのですが、薬で誤魔化しながら、仕事を続けていました。3日後あたりに、喉の痛みがなくなったので、喜んでいたらその日のお昼に高熱が出てきました。早退して病院に行ったところ、上記の炎症の仕組みを説明させられました(私の職業などを知っている先生だったので)。その後、なぜわかっていながら休まなかったのかと、しっかりと怒られました。侵入を許してしまうと、今度は適応免疫の出番です。

炎症の仕組みを図示しました。

適応免疫:2度はないと思え

自然免疫をかいくぐり、体内に侵入することができた抗原は、拠点を作ろうとします。細菌であれば、体の弱っているところで増殖して数を増やします。ウイルスであれば、体の中にいるそのウイルスが得意にしている細胞の中に侵入して数を増やしていきます。そこで体の細胞が抗原に乗っ取られてしまう前に、体の中にいる免疫細胞が侵入した抗原の排除にかかります。まず、白血球やマクロファージや樹状細胞が抗原を体内に取り込んで分解する食作用で対抗します。ちなみに、白血球(正確には好中球)は、抗原を取り込み過ぎるとつぶれてしまい、死骸が膿になります。一方、マクロファージや樹状細胞は体内で抗原を分解して、その一部をヘルパーT細胞に渡します。これを”抗原提示”といい、ヘルパーT細胞はこの破片をもとに、どのような抗原が入ってきたのかを判断します
侵入してきた抗原の分析が終わったヘルパーT細胞は、増殖してある細胞の元にいきます。1つは、マクロファージとキラーT細胞です。マクロファージには、分析結果を伝えることで活性化させ、効率よく侵入した抗原を除去できるようにします。キラーT細胞にも、分析結果を伝えることで活性化させるのですが、キラーT細胞が除去するのは抗原ではなく、抗原によって異常をきたした自分の細胞です。特に、ウイルスは細胞の中に入り込んで自分を増やすため、ウイルスに感染した細胞は私たちの体に害を与える存在になっています。しかし、免疫細胞は原則自分の細胞を攻撃できませんが、キラーT細胞は感染細胞を攻撃できます。
もう1つの細胞は、B細胞です。B細胞は、その抗原のみに対応する”抗体”を作ります。抗体とは免疫グロブリンと呼ばれる物質で、抗原に付着することで、抗原の動きを止めることができます。ヘルパーT細胞から抗原の情報を受け取ったB細胞は、抗体産生細胞と呼ばれる細胞に変化して、特定の抗原用の抗体を作るようになります

適応免疫を図示しました。

前者のマクロファージやキラーT細胞がはたらく免疫のことを”細胞性免疫”、後者のB細胞が抗体を作る免疫のことを”体液性免疫”とよびます。これらが同時に働くことで、感染症などの病気から回復することができ、戦後は予防にも活かされています。それぞれの詳しい話は、次回以降にするとして、最後に体から抗原が無くなったあとの、免疫細胞についてお話をして終わります。ヘルパーT細胞やキラーT細胞、抗体産生細胞はその時に侵入してきた抗原に合わせて変化しています。抗原が居なくなれば、用がなくなってしまうのですが、一部は記憶細胞として残ります。そして、ふたたびその抗原が侵入してくると、記憶細胞が対応するため、重篤化する前に対処できます。そのため、これらの細胞が関わる免疫を適応(獲得)免疫とよんでいます。ちなみに、適応免疫は経験が多ければ多いほど、記憶細胞の種類数が増えます。子供が感染症にかかりやすく、大人がかかりにくいのはこれが原因です。

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