日本語の「これ」「それ」「あれ」と,イタリア語の questo と quello
太宰治の代表作「人間失格」とそのイタリア語訳を
比較しながら,イタリア語を勉強しています。
前回から始まったこの企画ですが,
はしがきの冒頭のこの一節。
私は,その男 の写真を三葉,見たことがある。
この一節の中の「その男」ですが,なぜ,ここは
「その男」なんだろうとふと思いまして。例えば...。
私は,この男 の写真を三葉,見たことがある。
私は,その男 の写真を三葉,見たことがある。
私は,あの男 の写真を三葉,見たことがある。
この3つの文が表現している内容に微妙な
ニュアンスの違い,感じませんか?感じますよね。
しかも、どれを使っても,日本語文法的には
正しいんだけど,ここは絶対 《その》 でしょうと
言い切ることもできる...。
でも ...なんで❓️と聞かれたら❓
日本語学習者に,この3つの文はどう違うの?
と聞かれたら,どう答えればいいんだろう。
いやいや,たった2つの文字で表現される
指示形容詞ですが,なんと奥の深いことか ...。🙄
日本語の指示形容詞には
この・その・あの の3つが存在します。
この は話し手の領域にあるものを指し,
その は,聞き手の領域にあるものを,
あの は,話し手からも聞き手からも
離れたところにあるものを指します。
指示形容詞は「物体」を指すだけではなく,
「話題・事柄」「場所・空間」「時間」と
さまざまな物を指すときにも使われます。
一方,イタリア語の指示形容詞は
questo と quello の2つ。
かつては codesto というのも
使われていたそうですが,
今ではトスカーナ地方を除いては,
ほとんど使用されなくなったとか。
そうそう,亡くなった義母は codesto を
よく使ってましたっけ。
でも,改めて考えてみると彼女以外から
codesto を聞いたことはないかもしれない。
つまり,日本語には3種類存在する
この・その・あの を,イタリア人は,
questo と quello の 2つ で表現している
ということになります。
考えてみたら,英語だって this と that
しかないじゃん‼️
ひょっとしたら,指示形容詞が3つ存在する
言語のほうが,珍しいのかぁ❓️ 🤔
「これ」 は questo・this ,
「あれ」 は quello・that で,
まあいいとして,じゃあ 「それ」は?
日本語を勉強している方々は,
”それ” ってなんだ❓️
と頭を抱えているんだろうか。
調べると,私と同じ疑問を持った方が,
おられるではないですかっ‼️
指示形容詞の日本語・イタリア語比較対象研究
「この」・「その」・「あの」と
「questo」・「quello」古浦敏生 ( Toshio Koura )
古浦さんのこの論文によると,
指示形容詞における日本語と外国語の比較対照は,
いろんな言語でされてるが,日本語 vs イタリア語
で比較したものは 0だそうです。
で,この古浦さん,(どうしてここで私は,
「この」を使うんだろうなと思いつつ…。)
日本語とイタリア語の指示形容詞の対応を,
日本文学作品4編のイタリア語訳を資料として,
徹底的に比較しておられます。ほんとに,徹底的に。
ちなみに,古浦さんが参考にされた日本の文学作品に,
「人間失格」は入ってなかったので,それは,
これから是非私が,やりましょう‼️
古浦さんのこの論文,とても参考に
なりますので,是非ご一読下さい。
古浦氏は調査結果から,以下の4点を
指摘されています。
① 「その」は無条件で quello と対応している。
「人間失格」のはしがきの冒頭の一節を見てみます。
Ho visto tre fotografie di quell’uomo.
私は,その男の写真を三葉,見たことがある。
はい,まさに「その男」は quell’uomo と
訳されています。
② 「この」 = questo , 「あの」 = quello に
なっていない例 は,「この」のほうが顕著。
日本文学の中に出てきた 「この」 の3割が,quello と
訳されていたんだとか。
特に,時間の表現,「このごろ」「この時期」
「この時代」「この時」などの「この」には,
questo ではなく,quello が使われていると。
一方,「あの」は,ほとんどが quello と
訳されていて,「あの」を questo と
訳している例は,わずか5%だったそうです。
③ 「この」 が quello と訳されている例は,
すべて「地の文:文章や語り物などで、
会話以外の説明や叙述の部分」でのもの。
つまり,会話の中で使われてた「この」は,
全部 questo だったってことです。
実に興味深いです。
同じ「この」でも,会話の中で,つまり,
誰かが言った言葉(セリフ)の中で使われてる「この」
のイタリア語訳には questo が使われていて,
会話以外の文章中で使われている「この」の
イタリア語訳には quello が使われている,
ということ。これは,「人間失格」で,是非,
検証したいところです。
④ 「この」が quello と訳されている例は,
《この+空間名詞》よりも《この+時間名詞》
のほうが圧倒的に多い。
「この」が quello と訳されている例は,
《 空間を指す名詞 》とのセット,例えば,
「この場所」「この店」「この村」「この世界」
よりも,《 時間を表す名詞 》とのセット,
例えば,「この日」「このごろ」「この二ヶ月」
のほうが圧倒的に多いのだとか。
この4つの指摘から,古浦氏は,
こう結論付けておられます。
この4つを総合すると,基本的に
「この」は questo で,
「その・あの」は quello なのだが,
文脈の中で出てくる 「この」には
quello が使われている例が数多く見られる。
で,「この」に quello が当てられている例は,
《 この + 空間を表す名詞 》より,
《この + 時間を表す名詞 》のほうが多い。
それは,《時間を表す名詞》のほうがより,
抽象的だからと考えられる。
また,あの を questo と訳している例も,
わずかだが存在するが、これは例外だろう。
いかがでしょうか。たった2文字からなる,
こんなちっちゃなワードですが,
深堀りすると,実に面白い‼️
「これ・それ・あれ」って,うちのイタリア人は,
どう使い分けてるんだろう。
👧 そう言えば,あんた,
これ,それ,あれって,結構,適当に
使ってるよねえ。
通じるっちゃ通じるから,聞き流してたよ。
👱♂️ 直しなさいよ。
👧 うん,そうだね。
だって時々,喧嘩になるもん。
😲 ねえ,それ取って‼️
🙀 それ❓️それってどれ❓️
あたしの手元に何もないけど。
どれのこと言ってんのさっ‼️
😤 それだよそれ‼️
日本語がわかんねぇのかぁ?
と,早速, あんたが切れて ... 。
で,結局,遠くの物を指して
言ってるのが分かって...。
😹 なんだ,あれ かあよぉ
あれ って言えよなあ,あれって...。
ま,こんなことは日常茶飯事。
そうだよ,これから、うちのイタリア人が,
いつ,どういう風に間違えるのか
もう少し注意深く観察してみよう ‼️
イタリア人がどんなときに
使い間違いをするのかが分かれば,
questo と quello の使い分けの
ヒントにつながるのかもしれない。
使えるものは,なんでも使う〜♫ 🤣
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