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宇宙食とHACCP

宇宙食とHACCP(本文2,435文字)

 
月面や宇宙空間においても、ヒトは食事が必要不可欠です。宇宙食は、地上での食事と異なり、特に衛生や安全の確保が確実である必要があります。万一にも品質や包装に不良があった場合、地上とは比較にならない甚大なトラブルにつながるためです。ここでは現在の宇宙食と安全管理から、HACCP(ハサップ)の重要性についてご案内致します。
 
<宇宙食の歴史>
初期の宇宙食は、宇宙飛行士が無重力環境でも食べやすいように設計されていました。例えば、1960年代のアポロ計画では、チューブ入りのペースト状の食べ物や乾燥食品が主流でした。これらは栄養価は高いものの、味や食感に乏しく、宇宙飛行士にとってはあまり楽しみのない食事でした。
 
<現在の宇宙食>
技術の進歩により、現在の宇宙食は大きく進化しています。国際宇宙ステーション(ISS)では、各国の宇宙飛行士が自国の料理を楽しむことができるようになっています。例えば、日本の宇宙飛行士はカレーやラーメンなどの日本食を食べることができます。食品の保存技術や調理方法の進化により、より新鮮で美味しい食事が可能になっています。これにより、宇宙飛行士の心理的なストレスも軽減されています。
 
<月面ミッションでの食事>
将来の月面ミッションでは、長期滞在を見据えた食事の研究が進められています。例えば、月面での水耕栽培による食料生産が検討されています。これにより、持ち込み食料の量を減らし、現地で新鮮な食材を確保することが可能になります。また、持ち込み食料についても、効率的なパッキングや保存方法が研究されています。
 
<未来の宇宙食>
未来の宇宙食には、さらに革新的な技術が導入される予定です。例えば、3Dプリンターを使った食事の作成が考えられています。これにより、宇宙飛行士は自分の好みに合わせた食事を作ることができます。また、昆虫食や培養肉などの新しい食材の利用も検討されています。これらは栄養価が高く、限られた資源で効率的に食事を提供する方法として期待されています。
 
<栄養バランスと効率>
宇宙食の開発においては、栄養バランスを保ちながら、限られた資源で効率的に食事を提供することが重要です。例えば、ビタミンやミネラルを補うためのサプリメントや、特定の栄養素を強化した食品が開発されています。また、食事のバリエーションを増やすことで、宇宙飛行士の食欲を維持し、健康を保つことが目指されています。
 
宇宙食の品質と安全性を確保するためには、厳格な管理手法が必要です。ここで重要となるのが、HACCP(Hazard Analysis and Critical Control Points、ハサップ)という食品安全管理システムです。
 
<HACCPとは>
HACCPは、食品の安全性を確保するための管理手法で、NASAが宇宙食の安全性を確保するために開発しました。HACCPは、食品の製造過程における危害要因を分析し、それを管理するための重要管理点(Critical Control Point、CCP)を設定することで、食品の安全性を確保します。
 
<HACCPの7原則>
1. 危害要因分析・・・原材料や製造工程に潜む危害要因を特定し評価する。
2. 重要管理点の設定・・・危害要因を管理するための重要な工程を決定する。
3. 管理基準の設定・・・CCPを適切に管理するための基準を設定する。
4. モニタリング方法の設定・・・CCPが正しく管理されているかを監視する方法を設定する。
5. 改善措置の設定・・・管理基準から逸脱した場合の対応策を設定する。
6. 検証方法の設定・・・HACCPシステムが効果的に機能しているかを確認する方法を設定する。
7. 記録と保存方法の設定・・・HACCPの実施状況を記録し、保存する方法を設定する。
 
<HACCPと宇宙食の関係性>
上述のとおり、HACCPはNASAが開発した管理手法ですが、現在でも宇宙食の製造において非常に重要な役割を果たしています。宇宙飛行士が宇宙滞在中に食中毒などの健康問題を起こさないようにするため、宇宙食の製造過程ではHACCPの原則が厳格に適用されています。具体的には、以下のような点でHACCPが活用されています:
 
1. 原材料の受け入れ・・・原材料の受け入れ時に、汚染や劣化がないかを厳密にチェックする。
2. 製造工程の管理・・・食品の製造過程での温度管理や衛生管理を徹底し、食中毒菌の繁殖を防止する。
3. 最終製品の検査・・・HACCPでは製造過程全体での連続的な管理が行われるため、最終製品の検査だけに頼る必要はない。
 
<HACCPの適用>
HACCPは、宇宙食だけでなく、地上の食品製造にも広く導入されており、食品の安全性を確保するための国際的な標準となっています。日本では2021年(令和3年)6月1日から、すべての食品等事業者にHACCPに沿った衛生管理が義務付けられました。これにより、食品の製造・加工、調理、販売、飲食店など、幅広い分野でHACCPが適用されています。
 
特に小規模事業者に対しては、「HACCPの考え方を取り入れた衛生管理」が求められています。これは、HACCPの7原則を完全に実施することが難しい小規模事業者でも、業界団体が作成し、厚生労働省が確認した手引書に基づいて衛生管理を行うことで、食品の安全性を確保する方法です。
 
1. 危害要因の理解・・・手引書を読み、自分の業種・業態での危害要因を理解する。
2. 衛生管理計画の作成・・・手引書のひな形を利用して、衛生管理計画と手順書を準備する。
3. 従業員への周知・・・計画と手順書の内容を従業員に周知させる。
4. 実施状況の記録・・・手引書の記録様式を利用して、衛生管理の実施状況を記録する。
5. 記録の保存・・・推奨された期間、記録を保存する。
6. 定期的な見直し・・・記録を定期的に振り返り、必要に応じて衛生管理計画や手順書の内容を見直す。
 
HACCPの導入により、食品の安全性が大幅に向上し、食中毒の発生率が低下しています。例えば、アメリカではHACCPの導入により、食中毒の発生率が約20%減少したと報告されています。また、HACCPの導入によって製品のトレーサビリティが向上されるため、問題が発生した場合でも迅速に原因を特定し対策を講じることが可能になります。
 
このように、HACCPは食品の安全性を確保するための重要な手法として広く活用されています。
 
 
 
<参照情報>
【一般社団法人日本HACCP支援協会】HACCPとは
https://j-haccp.or.jp/haccp.html
【厚生労働省】HACCP(ハサップ)
https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/kenkou_iryou/shokuhin/haccp/index.html
【厚生労働省】HACCPの考え方を取り入れた衛生管理
https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/kenkou_iryou/shokuhin/haccp/01_00019.html
【厚生労働省】HACCPに基づく衛生管理
https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/kenkou_iryou/shokuhin/haccp/01_00020.html
【日本給食サービス協会、日本メディカル給食協会】HACCPの考え方を取り入れた衛生管理のための手引書
https://www.mhlw.go.jp/content/11135000/000751875.pdf
【味の素文化センター】みるvesta~食文化の世界~ 『vesta』特集「進化する宇宙食~月で何食べる?」
https://www.youtube.com/watch?v=BnTD883bH48
 
 


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