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蕾の記憶


日当たりのいい丘の斜面では
乳児の指くらいの蕾が
いくつも顔を並べていた

時折のそよ風に揺れる蕾たちは
まるで温もりを楽しんで
微笑み合っているように見えた

やがて娘は
地面に腹這いになり
蕾たちとただただじっと向きあっていた

あたたかな陽光が
蕾に注がれ
娘に注がれ

そのうちの一つが
微かな音を立てて
ほんの少し開いた

それから
気持ちよさそうに
震えた

娘は驚いたように
その蕾を見つめ
小さく息をつくと

手のひらで顔を支えたまま
私に視線を投げた
「笑ったよ、おとうさん」

「いい表情だね」
内側から膨らむものを
外に送り出すように

思春期の浮きつ沈みつ
カタクリの蕾の記憶は
どんな花を咲かせるのだろう




   撮影地  湖西連峰(弓張山地)自然歩道
        愛知県豊橋市石巻町 

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