面白い?つまらない?
日々、小さな笑いを見つけて一人でニヤニヤしていたら、周りから遠巻きに生暖かく見守られるようになりました!このはなさくやです。
私の好きな歌の歌詞に、
人生なんて そうさ
ネタ探し
楽しんだもん勝ち
そういうものだよ
というのがあります。
ある程度、大人になると分かる。
失敗なんて、誰でも経験済み。
一度や二度なんて、良い方で。
大事なことは失敗をどう捉えるか?
どう活かすか?
なんだってね。
そんな感覚を知ってからは、自分のやることすらも可笑しく思えてくる不思議。
ああ…このミス…以前も似たようなことをしたな?何が原因だったっけ?そうだ、こっちのこれに気を取られ過ぎたんだったな。じゃあ、私の意識を阻害するこれに名前を付けてやろうか?何がいいかな?「お邪魔くん」「阻害マン」「カマチョゲリータ」…こうして、おバカ思考のドツボに嵌まる。(≧▽≦)
体力も頭の中もキャパ超え【YOU LOSE】の文字が頭上に点灯している気がする休日。
無意識に開くスマホの、なんてことないタイムラインの中に見つけた記事をご紹介。
えらせん先生の記事は、何気に毎日のように見てしまう私。
今日も、私の心にジャストな話題をくれました。
面白い人とつまらない人の決定的な違い
面白い人
・失敗を笑いのネタにする
・自分の「ダサいところ」も見せられる
・天然でちょっと抜けてる
・新しいことに挑戦する
・人の話を楽しんで聞く
・周りの雰囲気を明るくする
・ユーモアで人を和ませる
これ、時系列で考えると当たり前の話(結果)になるよね?
例えば、
新しいことに挑戦→失敗→誰かに結果を話すケド、せっかくだから次は成功するための方法を知りたいから、悪い印象にならないように話す(ネタ・ユーモアに取られる)→誰かが助言や思いつきを返してくれたら、それは自分にはない発想だから楽しい→結果的に周りを巻き込んでワチャワチャとなる。
自分が何を望んでいるか?
・成功して誰かの役に立ちたい
・成功してラクしたい
・成功して格好良く見られたい
そんなものは、誰でも同じこと。
ただ、成功するまでの【過程】は同じじゃない。
本気で【成功】を望むなら、がむしゃらにならざるを得ない時は来る。
その時に
・周りからどう見られる?
・周りはどう思う?
なんて考える余裕は、ぶっちゃけ、ない!自分は自分の欲に精一杯よ!
例えるなら…
推しのライブで、始まるまでは「この服でおかしくないかな?」とか考えていたとしても!いざライブが始まっちゃえば「楽しい!」しか頭の中にはない。
それと似てる。
でもね。
自分の欲に精一杯だからって、誰かを傷付けて良いわけじゃない。
本気で成功を手に入れたいのなら、そのくらいの足枷は受け入れよう。
私の周りでも、日々様々な人間模様が繰り広げられている。
本音はいつも離れた場所から傍観する立場でいたい。でも、巻き込まれたり、自分が中心になってたりも…あるね。
私の場合は多々、ある。
だから、知らない間に【敵認定】された数ヶ月後には【味方認定】されていたり…
最初は【理解不能案件】として相手にもされなかったことが、ある人物の【共感】がキッカケに【全体指針】として掲げられたり…
理由が分からないまま【無視】され続けていた数日後、権力者と意気投合して【中心】に担ぎ上げられたり…
【お前バカだろ?】と言ってきた人が、手の平返しする瞬間を目撃したこともある。
大事なことは
自分の【夢】や【目標】がブレないこと。
だろう。
その成功のための道のりは1つじゃないから、紆余曲折もあったり、スムーズに進むことがあったり…
だけど、沢山の人が関わる以上、覚えておかないといけない。
誰かを犠牲にする方法は使わない道を選ぼう。
人の気持ちは変わる
今は【敵】でも【理解不能案件】でも【バカ】でも【異端児】でも…それは今だけだ。
自分がブレないで動き続ける限り、いつかは【味方】にも【全体指針】にも【正義】にも【マニュアル】にもなり得る。
そして、【ダメな自分】すらも【キャラ】として周りに受け入れられる日が来る。(あくまで前向きに生きてればね。)
自分が相手に慣れた頃には、相手も自分に慣れてくれている。
だから、猫かぶりしすぎない程度に、自分を見せながら信頼関係を構築できたら…いいよね。
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