星神楽　56　梅ちぎり

　食事を終えたあとに僕らは梅畑へ向かった。銀鏡川を下って、川下の向こう岸にその課題である、梅畑はあった。梅の木はたくさんの萌黄色の太った実をつけており、その梅の木はだいたい大人が軽く走らないと、回れないくらいのゆったりとした幅があった。伯父さんが軽トラックから大きな草筵で、編まれた籠を持ってきた。伯父さんは籠の中から、大きな棒のようなものを取り出した。

「この棒で梅の木を揺らすんだ。そうしたら、梅の実が落ちてくる。それを拾ってごらん」

　伯父さんがその棒切れで梅の木を大きく揺らすと、実が噴水ショーで水を浴びたように落ちてきた。クローバー畑の上は、肥えた梅の実でたちまち、埋め尽くされ、僕は屈んで、その実を、団栗を拾う幼子のように拾いまくった。籠の中に一度に十数個の実をガサガサと入れ、入れたらまた、地面から実を拾う。その繰り返しだった。とにかく、ネガティブな思考回路から離れたい、一心で実を入れ続けた。とにかく、何かしなくてはいけない。伯父さんが梅の木を何度も揺らすから、頭に実が当たった。

「ごめんよ、痛くなかったかい？」

「大丈夫です」

黙々と実を拾えば、何かが変われるわけではない。とにかく、前へ進むしかないんだ。

「噎せるだろう？　お茶を持ってきたよ」

伯父さんがペットボトルのお茶を渡してくれたので、受け取って飲み口を開け、咽喉が湿るまで、そんなに時間はかからなかった。梅ちぎりがひと段落すると、僕は土手に座って、快活な初夏の風を浴びて、一休みした。さっきまでケチのつけようのない晴天だったのに、空が見る見るうちに曇り出し、霞が山の裾まで隈なく、広がりつつあった。

「曇ってきたな。傘を忘れたから早く帰ろうか」

伯父さんは草いきれのする、土手から立ち上がり、梅が入った草筵の籠を持ち上げ、トラックの荷台に載せた。

「ありがとう。辰一君が手伝ってくれたおかげで助かったよ」

　雲間から陽光が差さなくなると、森の奥からぞっとするような、声がたちまち隠里を支配した。行きつく先に狐の嫁入りが出現した。淫するような小糠雨が降り注ぐ。あのときの声だ。おーい、おーい、とせわしく聞こえ、聞こえてくる。おーい、おーい、おーい、と聴覚を封鎖するような、耳鳴りに耐え切れず、僕はつかさず、その場にしゃがみ込んだ。

星神楽57　オオムラサキを乞う｜詩歩子　複雑性PTSD・解離性障害・発達障害　トラウマ治療のEMDRを受けています (note.com)