消えた新宿と消えないカレー
人は、いつも通っていた道の風景なんて写真に撮っておくものでしょうか?
久しぶりに中村屋のカレーを食べに新宿へ行きました。
駅を降りるとホームの屋根がなんだか剥き出しになっていて、改札を出ても、記憶にあった方向は封鎖されており、係員に促されるまま、ダンジョンのような構内をぐるぐると歩かされ、やっと抜けると、駅前のロータリーに出ました。
かつて、選挙の時は、この真ん中に選挙カーが横づけされて、候補者がマイク片手に声高に演説をし、それを取り巻く人もいたのに、あちこち覆われていて暗いし、通り道が狭くなっているので人々は足早に過ぎていきます。
まるで知らない世界に踏み込んだかのように、
キョロキョロしながら外に出てみると
なんと、、、小田急デパートがなくなってる!!!
あの大きな建物が姿を消しました。
バーゲンセールの時に何回も歩き回ったあのフロア
パンの美味しいレストラン墨の絵があった半地下のレストラン街
仕事帰りに通過してお惣菜を買った地下の食料品売り場
南口に出るために通ったお店の並んだ通り道
今でもしっかりと頭にその眺めが焼き付いているのに、
もう二度と見ることがないなんて、、、
一体この囲いの内部はどうなっているのか?
ふとみれば、本館とハルクを繋いでいた歩道橋も切り取られています。
それでも途中までは行けるようなので上がってみました。
一度も見たことのない景色 新宿の街がざっくりとえぐられています
その空間の先には南口の先にあるNTTのビルまで見えます
寂しがったところで、悲しんだところでどうしようもない。
もう私がかつて生きた新宿はないのです。
しばらくは写真を撮りながら、愕然と辺りを見回すばかり、自分の記憶と目の前の景色を照らし合わせながら出る声といえば
はあ〜
懐かしいビルも
ハルクのデッキから下りて京王デパートの横を歩いて南口の方まで行くと、交差点の角に立っていたビルもなくなっていました。
ここは30年前英会話スクールがあって、30歳の誕生日に英会話の勉強を始めたところです。語学が楽しくて入り浸っていた私は英語、フランス語、ドイツ語の先生たちと知り合いになって本当に楽しかった。
入り口で受付をして、エレベーターで各フロアのレッスン室に上がる8階建てのビルでしたが、そこも今はぺったんこです
記憶にあったお店や建物がなくなったりあちこちで改装工事をしている様子を見ながら、かつての景色を脳裏に中村屋のビルへ
人は、いつも通っていた道の風景なんて写真に撮っておくものでしょうか?
どうせまた、明日も通るしとか、当然いつもあるものと思えば、あえて写真に残すことはしないでしょう。でも今日はそのことを後悔しました。
いつもの風景をなぜ撮っておかなかったのか。。。
なくなってわかる。ここはかつて自分の人生の舞台だったのに。
新宿中村屋のカレー
ぐるぐると変わり果てた新宿を見ながら、中村屋に辿り着きました。
注文は決まっています。中村屋の純インド式カリー
ふとみると店内の壁には、純インド式カリーの創世記の写真がかけられています。
誕生したのは1927年(昭和2年)6月12日
ああ、こんな風に街は変わり、歴史を乗り越えてきたけど、この味は変わらないんだなあ
運ばれてきた純インド式カリー
いつもの器、いつものお皿。骨付きチキン
「こちら骨用のお皿です」
と制服を着たお姉さんが白い小皿を置いていくと、
相方が
「このお皿っていつもちょっと濡れてるよね。気持ち悪い」
といってナプキンで拭いました。
いつも
今日見た世界の中で、ここだけが「いつも」でした。
まだ残っていた私の記憶にある新宿
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