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立川清登さん

何気なくテレビをつけていたら名曲アルバムが始まった
前奏を聴いてわかる シューベルトの菩提樹だ。
次の瞬間、目が釘付けに、、、
歌っているのは立川清登(たちかわすみと)さん
青い無地のバックの前でぴっちりと7、3分けにしたヘアスタイルに、これまたぴっちりとしたスーツ姿。
そのまっすぐな姿勢同様にまっすぐな声。
懐かしい、まっすぐで、優しくて、柔らかくて、豊かなあの声
慌ててスマホでそのまま動画のスイッチを押した。

子供の頃、まだテレビは白黒でダイニングの棚の上に置いてあった。歌番組によく登場していた立川さんは父の大学の後輩だった。
卒業後オペラの世界へ入った立川さんと中学教師になった父はお付き合いはなかったけれど、母はテレビで歌う父の後輩という関係が誇らしかったのか、いつも
「ほら、パパのお友達よ」と私に教えてくれた。
それもあって、いつも少し近い存在のように感じていた立川さんはその人柄ゆえにお茶の間でも大人気。よくテレビに出ては、屈託のない笑顔を振りまいていた。

私が二期会の研究生になったある日、事務局の人が
「アルバイトしない?オペラ見せてあげるよ」というので、オペラの見られるアルバイトなんてダブルでお得じゃないか!と二つ返事で引き受けた。
仕事はメリーウィドウの本公演の受付の手伝い
私は本番の前日ゲネプロという最終舞台稽古の日に受付準備に行き、それが終わると、事務局の人が
「じゃあ、もうあとはゲネプロ見ていいよ」
と言って解放してくれた。
つまり、最終練習が見られるわけだ!
本公演というのはダブルキャストと言って二組キャスティングがあり、A組はベテラン、B組は新人で構成されていた。
立川さんはもちろんA組の主役ダニロ。
(余談だがB組のヒロインハンナ役は佐藤しのぶさんのデビューだった)

アールヌーボーを思わせるカラフルな舞台の幕が開くと、そこは華やかな社交界。着飾った女性とタキシード姿の男性が輝いていた。
最初のヒロイン、ハンナの登場シーンが終わると、人々が立ち去った後に流れる音楽と共にダニロが客席から登場する。その一声を聞いた途端に会場の空気は全てダニロ一色になった。
すでにアルコールでご機嫌なダニロの登場は酔っ払いだけれど上品で、まっすぐな明るい声は天井に上がる花火のように広がった。
ゲネプロだからお客さんはいないけれど、この人が登場したらお客さんはどんな幸せな気持ちになることだろうと想像がつく。とにかく親しみあるスターなのだ。

すっかり物語に引き込まれたまま、最後のシーン
本当は愛しているハンナに向かって素直になれず、突き放した自分を歌うシーン
ハンナの背中に向かって、「そいつと結婚しなさい!」と言い放つ瞬間の切なさが心臓からお腹の底まで突き抜けるようだった。

すごい、パパのお友達すごい

そして、その年の暮れ、また事務局の人が
「ニューイヤー出る?」と聞いてきた。
NHKニューイヤーオペラコンサート
オペラ界のオールスターコンサート。子供の頃から毎年見ていた憧れの番組!合唱メンバーで出してもらえると!出ないでか?
年末の稽古の後、新年3日が生放送の本番です。
初めてのニューイヤーオペラコンサートになんと立川さんも出演されると知ってもう舞い上がる。
立川さんは若い頃から仕事をしてきたので、合唱団の先輩たちからは「たあちゃん」と呼ばれていた。舞台袖で登場ギリギリまで談笑して、前奏がなるとパーン!と変身して、でも舞台袖にいる時と変わらぬ温かい笑顔のまま歌い始めます。
まだ新人だった私はとても話しかけられなくて、いつかもっと一緒にお仕事できるようになったら父のことを話そうと思っていました。

その次の年は私もエキストラメンバーとして合唱団の仕事も増えてきて、またニューイヤーに乗ることになりました。年末はそれの練習。また立川さんに会えると楽しみにしていた。新年元旦の新聞を見て固まりました。
1面に立川さんの写真

亡くなった

信じられなかった。脳溢血なんて、、、
しかも元旦の新聞に、、、

そして、私が子供ときテレビで見た人も、ダニロも、たった1年前舞台袖で談笑していた立川さんも全てが思い出になってしまった。

それから私は何回もメリーウィドウの舞台に立ってきた。でもどんなダニロが現れようと、同じシーンが来るたびに「そいつと結婚しなさい」のセリフが立川さんを超えることはなかった。

いずみにそいて しげる菩提樹

あの暖かくまっすぐな声 淡々と歌い進むもその情景が思い浮かぶ
調べてみると1977年のアーカイブだった。

立川清登さん もう一度会えて嬉しかった。
あなたの声は私の中に生き続けています


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