「ほんとうの定年後」
「ほんとうの定年後」(坂本貴志雄 講談社現代新書)
リクルートワークス研究所研究員・アナリストの著者が、定年後の仕事の実態を明らかにすることを目的とした本。おそらく、以下の研究所の活動がベースになっているのであろう。
リクルートワークス研究所
https://www.works-i.com/
第1部では、収入や支出、仕事内容などに関するデータから、定年後の仕事の実態を15の事実としてまとめている。第2部では、7人の定年後の就業者の事例を通して、歳を取るにつれて仕事に対する姿勢がどのように変化していくのかを述べている。第3部では、第1部と第2部で明らかになった実態を前提として、社会が定年後の仕事に対してどう向き合っていけばいいかについての提案をしている。
多くの統計データをきちんと示していて、いい本であると思うと同時に、「事実」と「論考」とが混在しているのに違和感を感じた。第1部の定年後の仕事「15の事実」では以下の「事実」が示されている。
事実1 年収は300万円以下が大半
事実2 生活費は月30万円弱まで低下する
事実3 稼ぐべきは月60万円から月10万円に
事実4 減少する退職金、増加する早期退職
事実5 純貯蓄の中央値は1500万円
事実6 70歳男性就業率45.7%、働くことは「当たり前」
事実7 高齢化する企業、60代管理職はごく少数
事実8 多数派を占める非正規とフリーランス
事実9 厳しい50代の転職市場、転職しても賃金は減少
事実10 デスクワークから現場仕事へ
事実11 60代から能力の低下を認識する
事実12 負荷が下がり、ストレスから解放される
事実13 50代で就労観は一変する
事実14 6割が仕事に満足、幸せな定年後の生活
事実15 経済とは「小さな仕事の積み重ね」である
そもそも統計データを取る調査対象が偏っているかいないかはこの本だけからはわからないが、それに目をつぶっても、やや誤解を招く「事実」があるような気がした。
事実5の貯蓄の中央値は、これは60代の値であり、負債も190万円あることを考えると、この金額だけを事実としてしまうのはやや問題がある。また事実3の「稼ぐべきは...月10万円に」も、子どもの教育費がかからなくなり、会社員がある程度充実した年金をもらえることを前提とした話のように思える。
統計データをもとに、平均的・典型的な50代・60代の議論をしているが、親子の年齢差が50歳の我が家がこの議論を鵜呑みにすると危険かもしれない。
個々の差が大きい50代・60代では、平均にこだわるよりも「自分は自分、他人は他人」と考える気持ちも大切なのではないかと思った。小さな仕事を大切にするのは大事だが、みんなが小さな仕事に安住させられるのはつまらないと思う。
いろいろ批判を書いたが、面白い部分もいくつかあった。図表1-24「職種別の有効求人倍率と有効求人数」(96ページ)は、職種を限定していると職探しが厳しいことを明確に示している。
図表1-34「仕事に対する価値観の変化」(125ページ)は、50-64歳のところで仕事に価値を感じない人の割合がぐっと増えて、それより上の年代ではまた価値を感じるようになって面白い。
図表3-3「サービス品質の日米比較」(248ページ)では、日本は高水準の品質のサービスが比較的安く提供されていることを示している。これは1ドル110円の頃の調査であり、今のような円安ではさらに割安であろう。このデータをベースに、高齢者を消費者から生産者の側に来てもらうための工夫として、過度なサービス(と過剰な労働)に頼り過ぎない生活スタイルを浸透させることを提言していて、これは(消費者には負担増になるが)その通りだと思った。