母にたいして、思うこと。
今日、車の運転中、突然母のことを思い出した。
母は今、施設で寝たきりでいる。何も分からない状態で。
大変なひとだった。
言葉では簡単に説明できない。
とにかく大変な人だった。
今で言うところの“毒親“ってやつなのか。
私には兄と姉がいる。
兄は長男として大切にされ、母からのダメージはほぼ受けていない。
姉はかわすのが上手く、母親が何か言い出すと、口をつぐんでサッと自分の部屋に避難した。
それに対し、末っ子でいつまでも甘えたかった私は、受け入れてほしいという思いを捨てきれず、ことごとく反抗していた。その結果、いつもまともにダメージをくらっていた。
脅しで熱湯をかけられそうになったこともあるし、昔話の「三枚のお札」の‘’鬼ばばに追いかけられる小僧‘’を、リアル体験したこともある。(今となっては笑い話だが)
そんな体験をしたのは、ほとんど姉と私だ。結婚して家が離ればなれになった私たち姉妹は、毎日のように電話で話をしていたが、会話の内容は、ほぼ、母親の常軌を逸した、言動の数々についてだった。
しかし現在、私たち姉妹もある程度の歳になり、当時の母親の気持ちが少しではあるが、わかるようになった。
故郷を遠く離れ、女性が車を持つ時代でもなく、そんな中、3人の子育てはどんなに大変だったろう。
母親が認知症になった時、伯母(母の姉)が父親に言っていた。
「Tさん(父の名)のせいで、みっちゃんがこんなふうになったんだ」と。
その言葉で姉と私は悟った。父は母を裏切ったことがあるのだ。それを知らなかった私たちは、母が父のことを‘’女好きで嫌だ‘’、と毒づくたびに、「ああ、またいつもの被害妄想が始まった」と、うんざりしていた。
又、母が更年期で「調子が悪い、家事やれ」と言ってきた時も、「ああ、また始まった」と、鬱陶しさが先にきた。
母は、苦しみや悲しみが、怒りになっていたのだと思う。
今なら分かってあげられるのになぁ。
今、更年期で苦しんでいる姉は、「今ならあの頃の母親の気持ちも分かるし、話を聞いてもらいたい」と言っている。
私も、夫に裏切られた母の悲しみや苦しみを、今なら分かってあげられる。そして母からも「わかるよ、辛いね」と言って欲しかった。
でもこれも、きっと叶わないからこその、夢物語なのだろう。実際母は、歳とともに丸くなるどころか、どんどん凝り固まっていったのだから。
だから、これでよかったのだ。
人生に「たら、れば」はない。
起こることしか、起こっていない。
せめて、母の人生を反面教師にして、自由に生きよう。
そしてこれからは、家族5人で楽しかった思い出にも、目を向けてみようと思う。