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フィドルとヴァイオリンの違いとは?

フィドルという言葉を初めて耳にしたとき、この疑問が沸かない人はいないでしょう。それにしても、なぜ、同じ楽器にふたつの呼び名があるのでしょうか。今回は、用語と用法を詳しく見ていくことで、謎めいたこの問いに迫ります!


フィドルという用語

フィドル(fiddle)は英語で、前に強くアクセントを付けて /fíd'l/(フィドゥㇽ)と発音します。辞書には「各種の弓奏弦楽器のこと、特に中世以来のクラシック音楽のヴァイオリンの意味では口語、軽蔑的」とあります。

そして、この単語は名詞であるとともに、Happy fiddling! のように動詞としても使えます。violin は動詞としての用法はありません。

ちなみに、フィドルはアイルランド語では fidil、スコットランド語では fìdhle、ウエールズ語では ffidil といいます。どれも言葉が似ているのが面白いですね。これらは、中世の弓奏弦楽器のローマでの古い呼び名であった fides やその愛称である fidicula が語源になっていると言われています。 

形状の違いによる中世の弓奏弦楽器の種類
(Bachmann, Werner (1969).The Origins of Bowing. New York, 74より)

 
中世にはフィドルと呼ばれていた、上の図のような、さまざまな形状の弓奏弦楽器は、17世紀に今の形のヴァイオリンが登場すると、新しい楽器に取って代わられ、以前からの名前もそのままにフィドルと呼ばれるようになります。一方、ヴァイオリンという言葉も、イタリア語の violino (小さなヴィオールの意)を由来として新しく入ってきます。そして、ヴァイオリンは英語では正式名称に、フィドルは標準英語から口語になりました。


フィドルとはすなわちヴァイオリンのこと

英語圏の童謡(英:ナーサリーライム、米:マザーグース)には、しばしば、フィドルが登場します。

Hey diddle diddle やっこらさっさ
The cat and the fiddle, ねことフィドル
The cow over jumped over the moon; めうしが月を飛び越えた

Edward Lear(1812-1888)が描いた歌の挿絵 
出典;来住正三『マザーグースをしっていますか?』


また、フィドルという言葉は、古くからことわざや慣用句にも多く使われてきました。

It needs more skill than I can tell to play the second fiddle well.
第二ヴァイオリンをちゃんと弾くのは大変な手腕を要するものだ。 
(脇役は難しいものだ。)

There's a many good tune played on an old fiddle.
古いヴァイオリンでもいくらもいい曲が弾けるものだ。
(年は取ってもいろいろと能力がある。)

これらの例では、フィドルが特にアイリッシュなどの民俗音楽のフィドルを指しているわけではなく、単に楽器のヴァイオリンの意味で使われていることに着目してください。

 

フィドルの使用はあくまでも口語的、習慣的

英語圏では、民俗音楽に使われるヴァイオリンは、たいていフィドルと呼ばれます。翻って、たいていの場合、フィドルといえば民俗音楽、ヴァイオリンといえばクラシック音楽のことを指すのですが、そうでない場合もあります。

例えば、英語圏では弦楽器店のことをヴァイオリンショップやヴァイオリンメーカーと一般的に言いますが、一歩店に入れば、職人さんがヴァイオリンのことをフィドルと呼んだり、ネックのことをフィドルネック、弓のことをフィドルボウと言ったりします。また、1920年代にアメリカで制作されたマイケル・コールマンのアイリッシュフィドルのレコードは、フィドルではなくヴァイオリンと表記されています。

マイケル・コールマンのシリンダーレコードのラベル。
名前の下に violin solo の文字が見えます。

 
フィドルとヴァイオリンを、どのように言葉を使い分けているかというと、正式名称を用いるフォーマルな場合では「ヴァイオリン」、話し言葉では「フィドル」を用いているのです。そして、それは習慣によるところが大きいのです。
 


フィドルは常に軽蔑されてきたというのは偏見

冒頭で触れたように、フィドルには軽蔑的な意味もあります。辞書には「ペテン」、「詐欺」、「いじくる」、「くだらないこと」、「時間を空費する」といったマイナスイメージの意味が載っています。

だからといって、民俗音楽のフィドラーが上流階級から常に軽蔑されていたと考えるのは少々偏見が過ぎるように思います。なぜなら、時代やシチュエーションによって、フィドラーが、軽蔑されていたこともあれば、尊敬されていた場合もあるからです。貴族自身がフィドルの愛好家であった時代もあります。これも単に楽器としてのヴァイオリンを指していると言えるのではないでしょうか。

この楽器の世界でペテンや詐欺といえば、名器と偽ってヴァイオリンを高値で売りつける悪徳ヴァイオリンディーラーのことを思い出します。こうしたペテンは、イギリスでヒル&サンズ社(W.E.Hill&Sons)がヴァイオリン鑑定を行うようになるまで横行したのは、この世界ではよく知られています。

それに、楽器をしない人からしたら、クラシックの曲であろうとダンスの曲であろうと、ヴァイオリンを弾くことは、楽器を「いじくって」「くだらないことに」「時間を空費している」ようにしか見えないかもしれませんよね!

このように、英語には、古くからヴァイオリンのもう一つの呼び名があり、派生語をたくさん生むほど、上流階級層からもっとも貧しい人まで、長きに渡って、広く親しまれた楽器であったことが伺えます。


転載禁止 ©2024年更新 Tamiko
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トップ画像:これらはフィドルでしょうかヴァイオリンでしょうか。もうお分かりですね、どちらも同じ楽器で、ヴァイオリンがフォーマルな言い方、フィドルがインフォーマルな言い方です。気取らない民俗音楽には、くだけたフィドルの呼び名がぴったりです! 


 参考文献

ヴァオリンの誕生にまつわる様々なお話が載っています。本書を読めば、当時のイタリアのクレモナの街や、ストラディヴァリやガルネリの工房にいざなわれます。ヴァイオリンの名器コレクターや悪徳ディーラーの冒険談や逸話はわくわくします!

②ヒル&サンズ社(W.E.Hill&Sons)のHP

イギリスのヒル&サンズ社(W.E.Hill&Sons)の歴史は、まさにヴァイオリン鑑定の歴史そのもの。


③Kenkyusha's English-Japanese Dictionary for the General Reader second edition

私の友人の生徒さんからお勧めされた「載ってない言葉がない英和辞典」。フォークロアに関することや俗語でも載っているので、フィドルをする人にもお役立ちです。


④Oxford Advance Learner's Dictionary 9th edition Oxford University Press

⑤The (Re)construction of music for bowed stringed instruments in Norway
in the Middle Ages

⑥Brendán Breathenach. Ceol Ronce na hÉireann 1,3 . An Gum. (1963).

⑦ブレンダン・ブラナック(竹下英二訳)『アイルランドの民俗音楽とダンス』全音楽譜出版社 1985年


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Tamiko/ フィドラー
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