北の国からデカメロン
北海道営業所の方と、ひととおり仕事の話をし終えたあと、唐突に
「あっ、あの、メロン食べますか?」
とたずねられた。
親戚にメロン農家さんがいらっしゃるそうで、毎年4~5個送ってくるのだとか。
それを、おすそわけしてくださるとのこと。
メロンのおすそわけ!
愛媛県民にとってみかんは買うものではなく貰うもの、とどこかで聞いたような気がするが、道民の方はメロンがそういうあれなんだろうか。
規模がちがう。
「親戚のメロン農家がさ~」とか、一度でいいから言ってみたい。
東京の事務所に送ってくれるとのことで、その日在社しているメンバーでいただこう、と考えていた矢先。
「今日発送しました!来月また2個送るので、それはみなさんで」
つまり、まるまる1個はわたし宛ということらしい。
いいのだろうか。いいか。誕生月だし。
たまたま電話に出たばかりに、棚からぼたもちならぬ、北海道からメロン。
2日後、20㎝四方の頑丈な箱が届いた。
北の大地からはるばる届いたその重さ、もはや小柄な赤子。
自宅に送ってもらえばよかったと思うも、時すでに遅し。
紙袋を手に食い込ませながら、この子は男の子かしら女の子かしら、ちがう、青肉かしら赤肉かしら、と思いを馳せる。
どっちでもいい、健康に育ってくれれば、ちがう、甘く育ってくれてれば。
会社から家まで1時間半。
運んでる身体は暑くて、指先は凍えるほど冷たくなってくる。でも、紙袋に入れていたとしても地べたには置きたくない。
「わたしのかわいいメロンちゃん」「よくきたね」「東京は暑くないかい」「ほうら、多摩川を越えたよ」などと心の中で話しかけて、気を紛らわせた。
カブトムシくらい指がカチカチになってきたところで、なんとか家に到着。
でっ…か…りっ…ぱ…
ヘビー級の富良野メロンのおでましだ。
写真だといまいち伝わりづらいが、直径17㎝ある。500mlロング缶と同じ高さ。
メロンの直径は平均14.5㎝くらいらしいから、大玉中の大玉である。
それじゃないのは分かっていても、つい言いたくなる。ボッカチオもびっくりのデカメロン。
メロンちゃんとかいうレベルじゃない。これはもうメロン様。
冷蔵便で届いたのに、持ち帰る最中で東京の熱帯夜にさらされ、皮が湿ってしまった。
しゃもじはミニチュアとかではなく、ごく一般的なサイズ。
画角がよろしくなく、メロンに忍び寄るドロボウみたいになってしまったし、いまいちそのデカさが伝わらない。
わが左手も、平均的な女性サイズである。ギリギリ片手で持てるが、数秒で手首がやられた。
たまたま、家族が山形県産の中玉メロンを買っていた。
これもりっぱなメロンなのだが、山形県と北海道の面積比を見ているよう。
届いてから、5日間ほど追熟。
まだメロン様のおしりはやや硬い気がしたが、デカメロンといえど10日間は待ちきれないし、親戚来るし、翌日が燃えるゴミの日なので、決行。
こんなに大きいのに、包丁がスッ…と通った。
甘くかぐわしい香りと、夕焼け色が広がる。
薄い緑の皮とのコントラストがあざやかで、木のまな板にしたたる果汁すら、ツヤツヤだ。
メロンの名産地である茨城県や静岡県が近いせいか、関東近郊で生ものの富良野メロンにはまずお目にかかれない。
イバラキングの関所を通過できていない可能性もある(ない)。
貴重な品を、ていねいに切り分ける。
それにしてもデカメロン。
たまたま親戚が来る日で助かった。だってこれ10人分くらいあるもん。
みずみずしい青肉メロンもいいのだけれど、このはじけるようなオレンジ色は、どこか特別感がある。
ここまで美しく大きく育てるのには、想像もつかないような大変な苦労があるのだろう。
ひとくち食べてびっくりする。
全部しっかりあまい。みずみずしい。やわらかいのに、しっかりした果肉感。
たまに、皮のほうまでいくと「キュウリと親戚なんだな」と感じるメロンがあるが、これは皮付近までみっちみちに甘い。
あと、驚いたのはその食感だ。
とろとろに繊維がほぐれた感じを想像していたが、ストンとかみ切れるやわらかさなのに、ちゃんと食感がある。
肉厚なメロン。
わたしが今まで食べたメロンのなかで、別格に甘い。
調べてみると、夕張メロンよりも富良野メロンのほうが糖度が高いのだという。
食感は、感じたとおり富良野メロンのほうが果肉感が強く、しっかりしているのだとか。
収穫から10日程度は日持ちするし、常温保管できるので贈答用にぴったりだという。
とはいえ、近頃常温の概念自体がイカれてきているため、冷蔵便で送ってもらってよかった気がする。
少々フライングだったかと思いきや、届いた日から諸々逆算すると、ちょうどよかったようだ。
メロンで腹いっぱいになる、という伝説的な一夜になった。
苦しうれし腹の重み、生涯忘れることはないでしょう。
送ってくれた北海道営業所の方にも、親戚の農家さんにも、なにか神奈川の名産を送らなければ。
どうしよう。
「あっ、あの、鳩サブレーとシウマイとクルミっ子と有明ハーバー食べますか?」
神奈川総力戦でいかないと、富良野メロンには太刀打ちできない。