なくならないキッシュ
その日の施術は、いつもとちがった。
パワー系の整体師さんで、コリを確実に潰してくれる。
しかも高速なので、いつもは手がまわらない部位もグイグイほぐしてくれた。
いつもと同じ80分コースなのに、とてもぜいたくに長く感じた。
それだけ、満足感が高かったということなのかもしれない。
すっかりシャキッとしたから、炎天下ではあったが、少し寄り道することにした。
何年か前、両親が葉山にあるマーロウのレストランで食事をして、おみやげにしらすがたっぷり乗ったマフィンをくれた。
レストラン限定メニューだが、食べきれなかった分を持ち帰り用に包んでもらったらしい。
そしてそのマフィンが、とてつもなく好みの味だった。ひとめぼれ、いや、ひとみ(味)ぼれ。
「あのしらすのマフィンがもう一度食べたい」
と恋焦がれるも、検索してもヒットすらしないまま数年が経った。
マボロシだったのかと思うくらい。
そんな折、マーロウのアカウントから彗星のごとくこれが流れてきたのだ。
三元豚のベーコンキッシュというが、カップケーキか、マフィンに見える。
パイ・タルト生地がなく、キッシュにしては直径のわりに高さがあるからだろうか。
それにしても、探し求めていたしらすのマフィンと、姿形がよく似ている。
そうか。
さては、あれもマフィンじゃなくてキッシュだったのか。
いくら探しても見つからないはずだ。名前が違うのだから。
そして、好みの味のはずだ。キッシュは大好物なのだから。
いまのところ、店売りは逗子駅前店のみだという。しらすもあるだろうか。
真夏のピークは去ったはずなのに、きつい日差しがさしこむ横須賀線に揺られ、海辺の街へと向かう。
ないかなァ~
ないよなァ~
きっとねェ~♪ いないよなァ~♪
あったらァ~♪ 買えるかなァ~♪
と、妙な替え歌で頭のすべてをキッシュにしながら、逗子駅に降り立つ。
あ、
しらす、あるもん!!!
店先のイーゼルに立てかけられたボードに、《佐島産しらすのキッシュ》の文字が輝いているではないか。
冷凍販売なので店頭には並んでおらず、オーダーすると店員さんが裏から出してくれる、なんとも心おどるシステム。
分厚いラップにくるまれただけの「それ」は、いかにも自家製メニューを特別に売っているという感じで、さらに期待感が増す。
大事に持ち帰り、レンジであたためる。
これよ、これこれ。
ビッグしらすが、飛び出さんばかりにモジャモジャとこちらをみている。
何年経っても思い出してしまっていたのは、まさしくこれだ。
実に飾り気のない見た目は、まったく変わっていない。
でも、味の思い出は美化されているかもしれない。とにかく好きな味、という記憶しかないのだ。
はやる気持ちのおもむくままに、アツアツのそれを口へ運ぶ。
これよ!これこれ!!
口に含んだ瞬間、なつかしくも新鮮な多幸感がよみがえった。
マーロウのキッシュにはアーモンドプードルが使われているそうで、一般的なキッシュよりも生地がしっかり締まっている。
だから、過去のわたしは「とんでもなく好みのマフィン」と勘違いしたのかもしれない。
天面のカリカリしらすの塩気と、キッシュ特有のじんわり染み込むうまみ。
しっとりどっしり感が強くて、ひとくちの満足感たるや。
目には見えないが、生地には炒めたタマネギも入っているそうで、うまみのある甘みをたしかに感じる。グルタミン酸ありがとう。
中にも、たっぷりしらすが入っている。
こちらはしっとりどっしり生地に守られていたので、色白でふっくらやわらか。
底のこんがり部分を食べ進めるにつれ、マフィンやカップケーキ感が増していき、アーモンドプードルの香ばしさが際立つ。
恋い焦がれていた味の記憶が、解きほぐされた。
ところでこれ、さほど大きくないのに、食べても食べてもなくならない。
キッシュは、その値段のわりにあっという間に食べてしまって、もっと食べたかった、と思うことが多い。大好物なだけに余計。
でも、マーロウのキッシュはちがう。
大きさはマフィンサイズなのに、味わいつくしたころにはすっかり満腹になっていた。
中身とうまみがぎゅっと詰まった、満足感がハンパないパワー系のキッシュだった。
もはや、キッシュとマフィンのハイブリット。
そしてなぜか、その日施術してくれたパワー系整体師さんにも感謝した。
せっかくなので三元豚のベーコンキッシュも購入し、翌日食べた。
ベーコンというか、もはや角煮のぶあつさ。
ちょこんと添えられたブラックオリーブが愛らしく、味のアクセントにもなっている。
こちらも生地はアーモンドプードルが使われている。香ばしさだけでなく、ぶあついベーコンの脂身と、肉々しさが濃厚だ。
あらびき胡椒のスパイシーさと、しっかり焼けた生地もグイグイ攻めてくる、スタミナ系のキッシュ。
満足が、大満足を呼んだ1日だった。