条件反射なら仕方ない
マンションの外壁塗装工事が始まった。足場を組む音がトンテンカンテン聞こえてくる。それに合わせ、作業員さんの声も。
「ナオト、ナオト!それ違う!逆!!」
「えっ、あー!」
がんばれ新人、ひとが説教されているところは聞きたくない、と思っていると、ナオトはこう返す。
「OK牧場!」
楽しそうでなによりだが、ナオトは強心臓、こちらは脱力である。
その牧場名、ひさびさに聞いた。
ベランダはあっという間にねずみ色の幕で覆われた。来春まで続くらしい。
ライトコートに面している部屋は、金属の足場に空をふさがれ、日中でもまったく光が入らなくなってしまった。
もっと光を!とゲーテよろしく叫びたくなる。
とはいえ、わずかな光を求めて窓を開けようものなら、ナオトと愉快な仲間たちにこんにちはしてしまうから、それもできない。
まるで極夜。
一日中太陽が沈まない白夜に対し、一日中太陽が昇らない極夜。
地球が23.4度ほど小首をかしげているために、南極や北極など高緯度の地域で起こる神秘的な現象である。
一日中夜の世界。北極では12月頃、南極では6月頃、長いところでは2か月の間その状態が続くという。
極夜はオーロラの幻想的な光の幕がきれいに見える期間らしいが、こちらは無機質な紗幕がよく見える。
洗濯物がなかなか乾かないのもさることながら、陽に当たる時間が短くなると、セロトニンの分泌不足でいろいろよろしくない気がする。平常心が保てないかもしれない。
外に出ればいいだけなのだが、生まれながらのひきこもり体質に、おあつらえ向きの在宅勤務がそれに拍車をかける。
と思ったら、セロトニンは日光浴だけではなく、リズミカルな運動でも活性化されるらしい。
歩行や、咀嚼や、意識的な呼吸など、一定のリズムを刻む運動を反復して行うと効果がある、と自分に都合のいいところだけネットから抜き出した。
他にも、感情を動かすようなこともよろしいとのこと。
これはもう、わたしはせんべいでも食べながらラジオを聞けばよい。
音楽を聴くと、自然と足がビートを刻む。音程という概念をどこかに落としたから、鼻歌の代わりに足が歌いだす。
スマホのプレイリストでもいいのだが、ラジオなら天気も定期的に伝えてくれるから好都合である。いかんせん光が入らないので天気がよく分からない。ラジオは万能だ。
いつものFMヨコハマに周波数を合わせると、聞いたことのある洋楽が流れてきた。ああ、この特徴的なリズム、数年前、何回も意図せず耳にした。
You know it ain't no nine to five
We're going sundown to sunrise
Dirty work
Dirty work
Na,na,na,na,na,na,na,na,na,na
Na,na,na,na,na,na,na,na,na,na
反射的にこうつぶやく。
「さんじゅうごおく」
というか、パーソナリティの方も曲中にカフをあげて「35億」と声をのせていた。もうこれはパブロフの犬並みに、ブルゾンのちえみ。
もしかしたら強心臓のナオトも、ふざけていた訳ではなくて、何かを指示されると条件反射で「OK牧場」と答えてしまうのかもしれない。
それなら仕方ない。
懐かしくなって久しぶりにあのネタを動画で見たら、じわじわとおもしろかった。おかげで感情が動いた。
なんでも良い方に解釈する性ゆえ、疑似極夜も楽しく乗り切れそうである。
きれいなランプでも吊るしてみようか。
あと、まるで極夜。って最近のバンド名にありそうだなと思った。
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