お子様ランチはきっと
意図せず、大阪への用事が《18年ぶりのアレ》と重なった。
ホテルに戻るのが遅くなりそうだったので、前日の夕飯はチェーン店でさらりと済ませた。
しかしせっかく関西に来たのだ。
胃袋にも記憶を残したい。
その日のできごとに思いを馳せながら、あれこれ検索する。
まだ日本にカフェ文化が根付いていなかった1993年に神戸で創業、地元の食材にこだわった、関西の名だたるカフェである。
梅田阪神本店には、2021年にオープンしたらしい。
しかも《おとなのお子さまランチ》。
これしかない。
浮かれた観光客、優勝してはじめての週末を迎える《虎の本丸》へ、丸腰で乗り込むことにした。
地下の入り口の外には、長蛇の列ならぬ、渦。
店員さんは阪神のはっぴをまとい、肩で風を切って歩いている(ように見えた)。
対照的に、わたしの肩はクルクルと丸まっていく。
デカめのリュックはあきらかに場違いだし、白いTシャツに薄紫のスカートは、みごとなまでに阪神カラーの補色で、ケンカを売っているようだった。
ゆるしてほしい、こちらは丸腰だし、猫背である。
時間が早かったためか、カフェには10分ほどの待ち時間で入店できた。
梅田の街が見下ろせる、明るく大きな窓。
百貨店のフロアと壁で仕切られていないからか、開放感がある。
だから、店内放送もよく聞こえる。
優勝セール2日目にして、はやくも品薄。
そしてスヌーズ機能のようにいくども流れる、六甲おろしインストバージョン。
本丸恐るべし…と思いながら、先に出てきたじゃがいものポタージュをいただく。
ほどよい塩気が、丸まった肩と胃をほぐしてくれる。
ついに、おとなのお子さまランチが登場。
ハンバーグに刺さった小さな旗、あざやかな彩り、いろいろな料理がちょっとずつ。
お子さまランチの必須要素を、あますところなく搭載している。
バターナイフが突き刺さっているのも、なかなかわんぱくである。
目が、心が、舌が、胃がおどった。
ガーデンサラダ、キャロットラペ、紫キャベツのコールスローと、野菜が盛りだくさん。
酸味がさわやかで、食がすすむ。
ココット皿に入った鮮やかなピンクのペーストは、ビーツとひよこ豆のフムスだとか。
ひよこ豆のペーストをフムスというらしい。フムス、字面がだんだん顔に見えてくる。
ビーツのおかげで、おどろきのピンク。味はほんのり甘く、フォカッチャによく合った。
そして浮かれた観光客にうれしいのが、地元食材を使ったメインディッシュである。
淡路牛のハンバーグはふわふわなのに肉のうまみがムギュッと濃厚。淡路たまねぎのローストは、果物のように甘くてやわらかい。
そのハンバーグが隠れるくらいドカっと乗ったベーコンが「おとな」だし、下で支えるパスタがケチャップのそれではなくボロネーゼっぽいところも「おとな」。
マザームーンカフェ名物のバターミルクフライドチキンは、モコモコ。遠目にみたらプードル。
これが食べられただけでも満足、と思えるカリカリサクサクプリプリ食感だった。
そして「おとな」の極みが、ビンに入ったエスプレッソプリン。
もうここまででだいぶ満腹なのだが、なめらかでほろ苦いプリンは手が勝手に口に運んでいて、喉がつるつると吸い込んでいく。
後味さっぱりでフィニッシュ。
胃袋に、関西の味がしっかり刻み込まれた。
お子さまランチがじつにかゆいところに手が届くものであることが、よくわかった。
その店の名物料理や、その土地のものが、少しずつ味わえる。
だんだん量が食べられなくなってくる「おとな」には、いろんなものが少しずつ、がとてもありがたい。
あと、《おとなのお子さまランチ》という撞着語法は、どうにも心おどるではないか。
アレだ、Mr.Children的な。
ちなみに大阪への用事は、7年前にMr.Childrenも出演したことがあるこのイベントだった。
《ロックロックこんにちは》は、前回の阪神優勝をさらにさかのぼり、1997年から大阪で開催しているスピッツ主催のロックフェスである。
FM802のパーソナリティの方がナビゲーターを務める、架空のラジオ番組の中でのライブアクト、というステージ進行。
2日目はサプライズでニッポン放送の笑福亭鶴瓶さんの番組と生中継し、若干押したので公演時間は4時間を越えた。
先日流行病につかまったスピッツの草野さんだが、美声は健在。無事に復活されていて一安心だ。
出番前の幕間で、ポケットに入れたスマホのアラームが鳴ってしまったようで慌てていた。
ロックバンドのボーカルの夕方5時のアラーム、一体何だったのだろう。
草野さんのポーズがどちらもすしざんまいなので、炊飯器のスイッチでも入れるのかもしれない。