心づくしの須磨の秋を散策 まずは須磨寺へ
すでに幾度かの投稿でも触れておりますが、九月のおわりから兵庫県は須磨・明石・姫路をぶらぶらっと訪ねてまいりました。
きょうからその旅の記録を綴ってまいります。ちなみに須磨と明石は京都の実家に泊まり少し遠出の散策で、姫路ではホテルに泊まりました。
まずは、須磨〔すま〕。
以下は『源氏物語』の「須磨」の巻より。このくだりは『源氏物語』のなかでも名文と称される。
~ 須磨には、いとど心づくしの秋風に、海はすこし遠けれど、行平の中納言の「関吹き越ゆる」と言ひけむ浦波、夜々はげにいと近く聞こえて、またなくあはれなるものは、かかる所の秋なりけり。
御前にいと人少なにて、うち休みわたれるに、一人目を覚まして、枕をそばだてて四方の嵐を聞き給ふに、波ただここもとに立ちくる心地して、涙落つともおぼえぬに、枕浮くばかりになりにけり。琴をすこしかき鳴らし給へるが、我ながらいとすごう聞こゆれば、弾きさし給ひて、
恋ひわびて泣く音にまがふ浦波は思ふ方より風や吹くらむ ~
現代の「心づくし」は「まごころをこめて」という意味が、古典では「もの思いをすること」である。
この須磨の一節からだろうか、文芸世界では須磨は寂しい土地であり、秋がふさわしいとされてきた。
いまの須磨はそうゆう環境ではないが、訪れたのも秋。
京都からJRで須磨へ。途中新快速を利用すれば1時間ちょっとで須磨に着く。光源氏には申し訳ない速度である。
JR須磨駅の南側は海浜がひろがる。夏ならばさぞや混雑したであろうが、今は秋。いくばくかの寂しさを感じさせる海浜の風景に、見渡せばながむれば見ればと興じる。
それでは、須磨駅から須磨寺をめざしましょう。
海沿いの須磨駅から山の麓の須磨寺へ向かいます。駅からだいたい10数分で須磨寺につく。ちなみに須磨寺にいちばん近い駅は山陽電車の須磨寺駅です。須磨寺駅からだと道もまっすぐで10分もかからない。
須磨寺は通称で、正式名称は上野山〔じょうやさん〕福祥寺〔ふくしょうじ〕といいますが、ここでは通称の須磨寺で筆をすすめます。
真言宗須磨寺派の大本山。
新西国観音霊場の第24番札所。ほかにもいくつかの霊場札所である。御朱印もいくつか用意されていた。
ご本尊は聖観世音菩薩。
須磨寺は、仁和二年(886)に光孝天皇の勅命により聞鏡上人が現在の地に上野山福祥寺を建立。ご本尊の聖観世音菩薩像は和田岬沖から出現した観音像で、兵庫区会下山にあった北峰寺に安置されていたものを当寺に遷したと伝える。
東京を代表する観音霊場の浅草寺の観音さまは、隅田川で漁労の網にかかると伝わる。観音さまは水がお好みなのだろうか。あるいは仏教が海の彼方の異国伝来であることの名残りだろうか。
丹塗り欄干の龍華橋〔りゅうげばし〕、その先に仁王門〔におうもん〕。
仁王門より左右の塔頭がならぶ参道を進む。参道左手に源平の庭がある。
これは『平家物語』の敦盛最期の場である。
一の谷の合戦により逃げる平家一門。源氏の武将熊谷直実は浜辺で逃げる武者をみつける。その甲冑などからそれ相応の武将らしい、功名をあげたい直実は逃げるは卑怯ぞといえば、かの武将は浜に戻ってきた。
戻ってきたところを抑え込んだ直実は首を切ってやろうとその冑の下の顔をみれば、まだ十代の若く幼き美しい容貌。自分の子供と同じくらいだろうか。このような人を殺すには忍びない、お名前はと尋ねたが、相手はそれには答えることなく首を切って人にみせればわかるだろうと言う。
直実はこの若武者を助けようと思ったが、もはやすぐ後ろに源氏の軍勢が大勢迫っていた。おそらく助けても逃げられまい。人の手にかかって殺されるならば直実が首を切ってさしあげ菩提を弔いましょうと泣く泣く首を切り落とす。
しばらくしてこの若武者が笛を所持しているのに気が付く。戦場に笛をもってくるとは高貴な人に違いない。
のちにその首の主は平経盛の子の敦盛であると知る。直実はのちに出家をするが、この事件がひとつの契機となっていると伝える。
この源平の庭のそばに蕪村の句碑がある。
笛の音に波もよりくる須磨の秋 蕪村
笛の主は敦盛である。よりくる波には滅んだ平家のかたがたの魂も含まれているような心地がしてくる。ホラーめいてきたかしら、ごめんなさい。
須磨寺の境内には歌碑句碑がたくさん建っている。それらを見て歩くのも結構だろう。だがこの散策は、はじめたばかりでなんですが、あまり時間的な余裕がないので先を急がせてもらう。
まだ須磨寺の御本尊を参拝していませんでしたね。
この仁王門からの参道を進むと正面に石段があり、その上に唐門が建つ。唐門をくぐると正面にある大きなお堂が本堂である。
現在の本堂は慶長七年(1602)の再建。ただし内陣にある宮殿は応安元年(1368)のもので国の重油文化財に指定されている。
ご本尊の聖観世音菩薩、脇士に毘沙門天と不動明王が祀られている。どっしりとした木造の立派な本堂です。
さて次回は境内をぐるっと巡ってみましょう。