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人間関係の虚無感
友だちがいなくなった、と言うのかもしれない。それを口にしたとき、私に腹を立てた人がいた。試し行為とかそんなんじゃない。もう散々な目にあった。思っても、二度と人前で口にしてはいけないのだと学んだ。
年々誰とも話せなくなった。
年々誰とも話が合わなくなった。
年々誰との関係も維持できなくなった。
毎日の生活に対して、私には余力がない。
時間も足りない。
もっと時間がほしいと思う。
伸びた時間を何に使いたいか考えたとき、あの人に会いたいとか、あの人と話したいとか、そういう感情が、明らかに消え失せていることを自覚している。
揉めるのが面倒。傷つくのも面倒。わからないと言われるのも面倒。意見が対立するのも面倒。合わせるのも面倒。
総じて、かかわるのが面倒。
以前はいた。
だけど、もう友だちでも知り合いでもいられないと、ハッキリ断られた。私といて幸せにならない相手だとわかってた。手放した。
以前はいた。
だけど、音信不通がひどくて、やっぱり違うと思わざるを得ない。連絡不精というけれど、ちょっと度を超えている。違うってことなのわかる。手放した。
以前はいた。
だけど、もう限界を感じてる。私が変わってしまったんだ。怒らせてしまうのが怖い。傷つけるのも怖い。手放した。
以前はいた。
だけど、怒らせすぎて挽回不可能な領域になったらしく、もう近づくのが怖い。豹変されたことがトラウマになった。謝ったけどもう言葉が届かないらしい。私が悪い。手放した。
空いた空間に、何かが新たに入る予感でもあるなら嬉しい。
その予感を持てないのはなぜか。
それも、私に余力がないからだ。
手放して、手放して、
手放して、手放して、何もなくなった。
虚無である。
どこまでいくのだろう。
余力があった頃に、戻れるものなら戻りたい。
希望を抱けるかもしれないから。
戻れないことも悟っている。
不思議と心は静か。
「虚無感でいっぱい」かつ「静か」。