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少しずつ人間らしい暮らし【高齢な親の話】

「次の受診には帰って来て下さい」

確か、こんな言い方で、母の介護をして下さってるしょうたきさんは、私に帰省を要請しました。

年末に帰省した私は「次は3月」と勝手に決めており、まだ2月だよ?と一瞬返事に戸惑いました。

ですが、「ミーティングをしたい」「訪問看護師さんの打ち合わせも同時に」と強く言われたので、ならば、と家族に協力を求めて、帰省することにしました。

片道6時間、新幹線の距離です。

ついこの前まで、母からはしょうたきさんへの不満をぶつけられていたので気が重い介護帰省でした。

ですが。

家に帰るとびっくりでした。

「ずいぶんきれいやん。」

いつもは帰省すると、食べ物の袋やバナナの皮、飲みかけの紙パックジュースやネットスーパーで届いたもので常温のもの、郵便物などが、机の上や床の上に散らばっていて、まずゴミ拾いと仕分けから始まります。そして、掃除機をかけてクイックルワイパーをしないと、中で過ごせません。家の中が荒れています。

それがありませんでした。部屋はきれいに整頓されており、ゴミはどこにもなく、床もキレイでした。

「机の上が空いている。」

広いダイニングテーブルの上はいつもところ狭しと物であふれてました。郵便物や食べた後のゴミ、食べかけのパン、ペットボトル数本、歯ブラシ数本とかメガネとか文房具類とか。それもありませんでした。

しかも母までなんだかこざっぱりしていました。
着替えをしているようです。訪問記録の紙が置いてあり、それによると着替え拒否している様子でしたが、それでも何度か着替えてました。

「わけわからんねん」「困ってる」

と相変わらず同じ言葉を繰り返していましたが、少し明るく感じました。だって、言葉にトゲが無かったから。

「穏やかそうやん」

私が付き添って病院に行きましたが、通院を渋ることもありませんでした。

しょうたきさんと訪問看護師さんとのミーティングはなごやかでした。しょうたきさんも笑顔が多かったし、1ヶ月前の初対面の緊張感は母もしょうたきさんもありませんでした。

母は、
3食食べて
薬を欠かさず飲んで
汚れたら着替えて
昼間は起きて、夜は寝るようになってました。

今までは、
パンをあるだけ食べて
薬は飲んだり飲まなかったり
汚れてもそのままの服で
昼も夜もベッドに転がってました。
(野生化していた)

ただ、前より物忘れが増えて何度も同じ話をしたり、トイレがうまくできなくなってました。が、それらを差し引いてもずいぶんと人間らしい暮らしになってました。

良かった。

毒もトゲも無い母は、面白くて、明るくて軽い人です。毒を浴びていた私は、毒無しの母なぞ期間限定に決まってる、と、用心深く母をながめましたが、毒もトゲも格段に減ってました。そう、お調子者で、楽天的だった、そんな母を少し思い出しました。

介護帰省は体力仕事で大変なのですが帰省して良かったな、と思いました。

母はそれでもしょうたきさんを
「あの人ら、いや。辞めたい」
って言ってました。(それは相変わらず)

私はかなり安心できました。やっぱり毎日午前午後に見てもらえるのは大きい。(しょうたきさん、ホントありがとうございます)

私の帰宅が近づくと、母は不穏になってあれこれ不安が出てきました。そうなると前のように八つ当たりやら私のせいやらで毒っぽくなってきました。

その様子に、母の状態がまた一段と進んだように感じました。
「調子良くなった、と思ったけどそうでもないのかな?逆に進んでるんかな?」

これからどうなるのか。
なるべく母には穏やかに過ごしてほしいなあ、と切に思ったのでした。

お読みいただきありがとうございます。
今日も皆様が素敵な1日を過ごされますように。

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