弦楽器のチューニングについて
チューニングは初心者にとっても経験者にとっても難しいものである。難しさの要因は耳の音程に対する感覚が未熟であることと楽器の音程を変えるという技術を持っていないことの2種類に分けられる。
耳の音程に対する感覚については、経験をつんで慣れるしかない。絶対音感といわれているものはなかなか身にはつかないかもしれないが、基準音に対して音程が高いか低いかの相対音感については、習得までに要する時間の長短の個人差はあるが、慣れればだいたいの人ができるようになる。現在は、スマートフォン用のアプリを利用することでいろいろな音程の音を聞くことができるし、ピアノや電子鍵盤楽器が家にあるようなら、チューニングの音や和音をだして聞くだけでもだんだんと耳は慣れてくる。
楽器の音程を変えるという技術は、耳の音程に対する感覚よりも確実に習得できる技術である。しかしながらチューニングという技術をしっかりと習っている人は少なく、見様見真似で何となく覚えたという人が大勢である。例えば、チューニングのための楽器の持ち方から教わり、チューニングを試みて、音程が合ったらすぐずらして、また再度チューニングしなおして、さらに自分の楽器だけでなく他の人の楽器を使って同様に練習して、などのようにみっしりと習って練習したことのある人は少ないだろう。自分の楽器だけでなく他の人の楽器を使って練習するとチューニング技術の習得は確実に早くなる。逆に言うと、まとめてそのくらい練習しないと技術の習得までに時間がかかってしまう。
チューニングは、弓先半分程度をゆっくり使い、小さい音で行う。これは、大きな音をだすと他の人のチューニングを邪魔してしまうからという理由と、強く弾いた時と弱く弾いた時とでは音程に微妙な差があるからである。強く弾いた時の方が音程は高くなる。管楽器も打楽器もピアノも、弱く弾いた時の方が音程が低く、どの楽器も低い音程の状態でチューニングをするのが基本である。弦楽器は、強く弾いただけでも弦の音程がずれてしまうものである。ピアノも同じである。そのためチューニングは小さくて弱い音で行う。
チューニングの際、コンサートマスターは、皆のチューニング音を聞きながらそれよりも1段階大きい音を出すようにする。大きすぎる音量ではチューニングを邪魔してしまうし、小さかったら基準音が聞こえない。皆の音量に合わせて調整すべきである。
アジャスターがついている楽器ではアジャスターを用いた方がチューニングは楽であるが、アジャスターを多用すると駒のずれが大きくなってしまう。そのため、こまめに駒の位置を確認しなくてはならない。アジャスターのチューニングネジを大きく回すと駒の位置が動いてしまうため、チューニングしようとしている弦以外の音程にも影響をすることがある。その際はもう一度他の弦も合わせなおす必要がある。弦は使用により伸びて音程が低くなる方向にずれることが多いため、アジャスターで合わせてばかりいるとチューニングネジが下まで入り切ってしまう。その際は、アジャスターのチューニングネジをいちどゆるめ、ペグを使って大まかにチューニングし、それから再度アジャスターで音程を合わせなおす。アジャスターのチューニングネジが入り込みすぎるとチューニングネジを回すのが固くなる傾向になる。逆にペグで音程を合わせた時の音程が高すぎると、アジャスターのネジが緩み切ってしまいチューニングネジが外れてしまうことがある。アジャスターのチューニングネジを回すときに弦の抵抗を感じられなかったら、それはネジの緩みすぎである。バイオリンとビオラの場合、チューニングする際に弓の先端の方を使っていれば左手でアジャスターのネジを回しながら右手で弾くことが可能である。弓の根元を使っていると右手と左手がぶつかりチューニングしづらい。チェロの場合、音を出しながらアジャスターを回す人はあまり多くない。ハーモニクスを使ってチューニングすることが多いからと、弾きづらい姿勢をとらなければアジャスターを回しながら弾くことができないからである。ハーモニクスを使わずにチューニングするなら、和音をだしながら同時にアジャスターを回して音程を合わせた方が早くチューニングでき効率いい。
実際にチューニングする際はどの弦楽器でも一度目標の音程より下げて、徐々に音程を上げながら合わせるのが基本である。ペグの場合はそのようにしなければ音程を合わせにくくなる。アジャスターで合わせる場合は低めの音程からちょうどいい音程を狙ってあわせるという方法をとらなくてもかまわない。しかしながら、チューニングに慣れていないうちはアジャスターで音程を合わせる際も、低めの音程から上げる方向で合わせた方が耳の音程に対する感覚がペグの時と同じになり合わせやすい。
調整がうまくされていない楽器では、アジャスターのネジが一番下にくる前にアジャスターのアームが表板に接触してしまうことがある。アジャスターが表板に触れた状態で使用していると表板が割れることがあるので注意が必要である。アジャスターをテールピースに固定するための固定ネジが緩んでいるものも時々みかける。弦が張られた状態ではネジが緩んでいるかのチェックはしづらい。弦が張られた状態でも、テールピースに対してアジャスターが垂直に立っていないものはネジが緩んでいる証拠である。また、テールピースから異音がする時は一つの原因としてアジャスターの固定ネジの緩みを疑うべきである。弦を交換するたびに固定ネジの締めつけをチェックした方がいい。アジャスターの固定ネジのゆるみは楽器屋に持っていかなくても自分で直してかまわない。
アジャスターがない弦はペグを使ってチューニングを行う。バイオリンとビオラのペグの持つ際は、指の腹や骨の出っ張りを使用した方がいい。指の先端では力が入りにくい。人差し指の付け根の第三関節と親指の第一関節で挟むようにする場合や人差し指や中指の第二関節と親指で挟む場合もある。少し変わった方法として、人差し指の真ん中の部分の手の甲の側と親指とでペグを挟む方法もある。指の指紋同士を合わせるより力が入ることが多い。ペグは両端をつまむのではなく、平らになっている部分を挟むようにする。ペグを回すときは、音程を下げながらゆるめ、音程を上げながら絞めるようにする。ペグを絞める方向に動かすとき、何本かの指をネックの反対側にかけておく。例えばバイオリンのA線のチューニングを、中指と親指で行うなら人差し指をD線側にかけておく。A線のチューニングを人差し指と親指で行う場合は、少し手がねじれるが、中指を反対側にかけておく。G線を親指と人差し指でペグを保持して合わせる時も中指をE線とA線のペグの間に入れ込んでおくか、小指でも構わないので反対側に指をひっかけておく。そうすることで、ペグが締まりやくなる。指のどの位置でペグを回すのか、と、ネックの反対側に指をひっかけておく、の2点がチューニングの技術習得のポイントである。
チェロの場合、手のひらで握るようにしてペグを持つ。回し始めは固いが、一度回りだしたらそこまで力を入れなくても回る。ペグを回すときは、両足でしっかりと楽器を挟んで動かないようにしなければならない。チェロもしっかりと練習すればペグを回しながら弓で音をだすことができるようになる。
コントラバスのペグは金属製のメカニカルになっており、回すのにそんなに苦労はしない。楽器をしっかりと支えられていれば左手を自由にペグの位置に持ってこられるはずである。ただし、身長が低い場合は背伸びしなければ手が届かないため難しい場合もある。身長の問題とは関係なくその姿勢をとれないようだったら、楽器の構え方に問題があるので一度見直してほしい。
ペグを回すのに最初はうまく力が入らなかったり、緩んだままで固定できなかったり、指が痛くなったりするはずである。ペグを回す練習を何回も繰り返してすれば、そのうち力の入れ方のコツがわかるようになり、指も痛くなくなる。まずは音程に関係なく回して止める練習をする。それから、どんな音程でもいいので自分の思う音程に近づける練習をする。その時は和音で弾かなくてもかまわないし、442HzのA音に合わせなくてもかまわない。自分が思った音程に合わせるということをできるようにする。それができるようになったら、チューナーのメモリか和音で正しい音に合わせる練習をする。そのように順番にしていかなければチューニング技術は上達しない。毎日1回チューニングの練習をするよりも、まとめて練習した方がしっかりと覚えられると私は思っている。
チューニングを耳で合わせる際は、他の弦の音程がだいたい合っていることが前提である。どれか特定の弦のみを弾いているつもりでも、聞こえてくる音は倍音を含めた音である。開放弦の音の場合、常に他の弦の音が倍音となって響いている。そのため、他の弦の音程が1音分もずれているような状態では、正しい音もずれて聞こえる。チューニングに慣れないうちは、全部の弦を大まかに合わせてから一つ一つの弦を正確に合わせるようにした方が早く正確に合わせられるかもしれない。チューニングの練習をするために、全ての弦の音程を一度ずらしてからチューニング練習をしようとする人もいるが、そうすると難易度は上がる。3本の弦のチューニングがあっている状態で、1本だけチューニングをずらし、それを合わせなおす練習とした方がいい。
ペグの調整が悪くて回転が止まらなかったり固すぎたりする場合、楽器屋に持っていく前に各自でできる対処法方法がないわけではない。しかしながら、対処を施す前に各自のチューニング技術が正しいのかを見直してもらいたい。ペグの持ち方を直すだけで問題が解決することもある。それと同時に弦の巻き方についてもチェックをすべきである。弦が上駒の位置で左右に折れ曲がっているように見える場合は巻き方を直さなければならない。
チューニングは最初のうちは機械を使って合わせた方が正確に合わせられるが、慣れてきたらA線のみ機械を使いそれ以外の弦は耳で和音を聞きながら合わせられるようになってもらいたい。それができるようになってきたら、次は音叉を用いてチューニングすることに取り組んでもらいたい。
音叉は膝などの人体の固い部分でたたくか、あまり固くない身の回りの物を音叉で叩くようにして音を鳴らす。音叉は一種の楽器である。あまりにも固いものをぶつけてしまうと音叉に傷がつき音程が狂ってしまう。音叉の音が鳴ったら耳に近づければ音が聞こえる。音叉の根本は丸くなっている。その部分を共鳴する場所にあてると音が大きく聞こえる。弦楽器では駒の上に丸い部分をあてるといい。学校では、引き出しの空間のある机にあてると音が大きくなる。周囲の雑音が大きい場合、骨伝導の方法を使って聞くようにする。すなわち、音叉の丸い部分を耳の穴の手前の骨にあてるか、歯で噛むとよく音が聞こえる。簡易的で安い音叉の最大の弱点は、片手で常に持ってなければならないことである。歯で噛むようにすれば両手は自由になるのだが、慣れが必要だし、咥えるということに対して拒否感がある人は多い。少し高めの金額を出せば、土台付きの音叉を購入することもできる。しかし、土台つきの音叉は大きいので楽器ケースに入れて持ち運ぶことはできない。土台付きの音叉の場合、音叉をたたくためのマレットが付属するのでそれを利用する。なければパーカッション用の固めのマレットを使用する。
全体練習開始時に全員でAの音程を合わせるが、その前に個人で合わせて置くべきである。個人で機械に対してぴったりと合わせたからといって、全体での音程合わせをいいかげんにしてはいけない。必ずオーボエやコンサートマスターの音程を聞いてそれに合わせなおさなければならない。その時に他の人よりも時間がかかってしまうというのであれば、個人練習で特訓するしかない。時間がかかる理由は、前述のように耳の感覚の問題なのか音をずらすという技術の問題なのかをよく理解してから特訓するようにしてほしい。耳の感覚の問題であれば、まずは自分の楽器の音程を下げて、それから音程を上げるということを繰り返す。技術の問題であれば、持ち方を見直して音程に関係なくペグを回す練習をする。チューニングがしっかりとできるようになれば、弓が1~2往復する間に全部の弦のチューニングができるはずである。そのくらいを目指して練習してほしい。
本番のステージ上でのチューニングが形式チューニングとなってしまうのは仕方がないことかもしれないが、決していいことではない。なお、練習時のチューニングを形式チューニングとしてはならない。チューニングという技術が上達しないばかりでなく、演奏時の音がそろわない原因となる。時間がかかることであるが、チューニングも練習しなければいつまでもできるようにはならない。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?