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楽譜への指示の記入と慣用的マーク

 練習中に指示を受けたことは楽譜に書き留めておくべきである。全体練習では指揮者から指示があるし、パート練習ではパートリーダーから指示があるはずである。ただし、全ての指示を書き込むのではなく、下の目安を参考に書き込むようにしてほしい。

・自分が個人練習をするために必要な情報
・みんなが同様に書き込んでいる情報
・自分には不要でも他の人が必要な情報
・弾きやすくするための情報
・譜面に元々記載されていた演奏指示から変更となったこと
・譜面に記載されているが見落としやすいこと
・パート練習や個人練習への宿題となった箇所

 鉛筆はBよりも濃い色(やわらかい芯)あるいはシャープペンシルで書き込むといい。本番の時はステージライトが強いので薄い色だと光の反射で見にくくなる。シャープペンシルよりも濃い色の鉛筆の方がお勧めである。指示は練習が進むにつれ変更になることがあるので、書いたことを消せるようにしておくべきである。指示を目立たたせるためにはカラーボールペンや蛍光マーカーを使用することもある。カラーの場合は後から消すことができないので記載内容の種類に注意が必要である。

 個人練習をするために必要な情報の例としては、指番号がある。その他、間違いやすいフレーズの部分をどうしたら弾きやすくなるのかを教えてもらったら、それを書き込んでおくといい。「テンポが転ばないように」などの注意は自分の問題だけでなく他の人も同様に間違いやすいフレーズであるので、自分自身が大丈夫だと思っても書き込んでおいた方がいい。経験者の人はあまり書き込みをしなくても弾けるとは思うが、プルトを組んで一緒に弾く初心者が弾きやすくなるように演奏上の注意点を書き込んでおくべきである。譜面に元々記載されている演奏指示から変更となった点については、全員が書き込まなければならない。例えば、フォルテが小節の最初の一拍目に書かれていても、実際は一拍前のアーフタクトからフォルテにするというような変更はよくあることである。また、リタルランドなどのテンポ変化を指揮者が譜面に記載されてなくても指示をだすことがあるので、必ず書き留めておく。

 譜面が混みいっていて見にくい場合もある。そのような場合、見落としそうな演奏指示に丸をつけたりカラーで目印をしたりする。ただし、譜面に書いてあることをただ目立たせるためだけに無暗に丸でグリグリとマークするのはよくない。あくまでも、どうしても見落としそうなところのみである。単に自分の集中力のなさから見落としているような演奏指示は、繰り返しの練習によって正しく弾けるようになってもらいたい。練習番号は探しにくい要素の一つである。練習番号をカラーでマーキングすると見つけやすくなる。演奏中に繰り返し記号を探すのに意外と苦労する。繰り返し記号で戻る場所を目立つようにしておくと弾きやすくなる。

 演奏中に注目すべきパート名を書いておくといい。休みあけの音をだすタイミングを間違わないために、休みの何小節目にどこのパートが音をだすのかとか、リズム音からずれて弾かないようにするために注目するパートとか、同一のメロディーを弾いているパートとか、音程の基準になるパートとかである。パート名は略号で書くことようにする。

 全体練習で宿題となった箇所や疑問点を忘れないようにしておかなければならない。宿題は出来るようになれば譜面にそのことを書き残しておく必要がないので、付箋をうまく使っている人もいる。疑問点についても解決すれば付箋をはがせば済む。弓順の齟齬なども付箋でマークしておくといい。様々な種類の付箋があるが、上から鉛筆で書き込みができる透明の付箋がお勧めである。透明なら音符の上にでも貼ることができ、楽譜の隙間を探さなくても済む。付箋に日付とメモを書いておくのが便利である。個人練習が進み弾けるようになってきたら不要な情報を消してもいい。ただ本番は緊張すると思うので、緊張した時のことを考えてから消すべきである。

 楽譜への書き込みを簡略化させるための慣用的な記号が存在することを知っておくべきである。下にいくつか紹介する。譜例はベートーベンの『運命』から抜粋した。
・スピッドピアノ(A)
・一小節何拍で振るか(B)
・音をスパッと切る(C)
・ゆっくりになる、テンポが緩む(D)
・テンポを遅くしない、テンポを速くする(E)
・指揮者を見る(F)
・テンポを遅くする、急がない(G)
・急いで譜めくりをする(イタリア語:volti subito)(H)

楽譜に記入する略号の例①

下は実際の譜例を示さないが、記号のみ紹介する。
・ミュートをつける(I)、ミュートをはずす(J)
・間をあける(K)、ブレスをとる(L)

楽譜に記入する略号の例②

 プロのオーケストラ奏者が書き込みをした団所有の譜面をインターネットで公開してもらえないかと思うことがよくある。歴史的に重要な演奏については、公開されているものもあるがあまり多くはない。私は日本のプロオケの楽譜を拝見する機会に恵まれたためいくつかの楽譜を見たことがある。どの曲も想像以上に書き込みがされていた。例えば五線の上側にはみでた高音(通称:電信柱)で、一瞬で何の音だか判断がつかないものについてはカタカナで音名が書いてあったり、指揮者の指示がわからなかったのか「?」が書かれていたところがあったり、イレギュラーな弓の使い方の指示があったのか「弓先」と漢字で書いてあったり、アマチュアの人の楽譜以上に色々書きこまれていた。弓順にしても、単に順送りではないところに書きこみがされているだけでなく、順送りだとしても弾きやすくするための工夫として弓順が書かれていることもあった。逆に、スローテンポな曲で前を見ていれば間違いなく弓順を合わせられるようなところは弓順の書き込みがないこともあった。指を取りにくい和音に指番号が書かれているのもよくあることである。もしプロが使用した楽譜を見る機会があったら見てみるといい勉強となる。こんな初歩的なことまで書いているのかと勇気づけられる。

 各オーケストラが使用した楽譜で公開されているものは少ないが、例外として、ニューヨーク・フィルハーモニックのデジタルアーカイブは非常に充実している。バーンスタインが書き込みをしたスコアも公開されているし、各パート譜も団員が書き込みをしたものがそろっている。おまけに、このデジタルアーカイブは無登録、無料で利用できる。ベートーベンの『運命』についても、実際に使用された楽譜を見ることができる。バーンスタインが使用した『運命』のスコアの中から一ページ示す。4楽章の105小節目の木管楽器のクレッシェンドの位置を早めているのがわかる。112小節のトロンボーンは音量を小さくしている。ファゴットとの音量バランスを調整したのだろうか?フレーズの取り方や注目したパートも見て取れる。このページだけでも様々な情報を勉強することができるのではないだろうか。

ニューヨーク・フィルハーモニックのデジタルアーカイブのトップページ

『運命』の楽譜(バーンスタインが1961年から使用していたスコアとパート譜)

https://archives.nyphil.org/index.php/artifact/0ed7c7de-0481-4f04-a1b9-13ed8ba56abc-0.1


バースタインが1961年から使用していた『運命』のスコア(ニューヨークフィルアーカイブより)

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