地震が起きた時のために
地震は嫌なものである。いつくるかわからないし、被害が甚大になる可能性があるからである。日ごろから対策できることはしておくべきである。オーケストラとして日頃から対策しておくべきことと、地震が起きた直後の行動について記載する。
日頃から行うことは、楽器の保管場所の固定、避難経路の確認、連絡網の整備の3点である。小型楽器は棚を利用して保管することが多いが、その棚は壁や天井に固定しておいた方がいい。また、楽器が揺れで飛び出さないように棚に扉や柵をつけた方がいい。ただ、防災の観点からは扉や柵が有効であるが、過度に付いていると使いにくくなる。コントラバスやチェロは壁に立てかけてあったり紐で固定したりしていることが多いが、立てかけるだけだと地震では倒れるし、紐も頑丈に固定しておかないと壁から抜け落ちてしまう。避難経路の確認や連絡網の整備は、オーケストラに特有のことではない。初めて使う施設の場合は避難経路の確認を入念に行っておく。ホールは迷路である。どこにいても最短で外に出られるようにしておいた方がいいのだが、なかなかそこまでしている団体はなく、またそのような事に配慮する時間がない。
次に、緊急地震速報が鳴り響いたらとるべき行動についてである。本来は、緊急地震速報が鳴った時点で、全てのことを放り出し身の安全を確保するのが原則である。しかしながら、緊急地震速報の不確実性と楽器の価格を考慮し、私は楽器の安全にも配慮した方針をとることにしている。緊急地震速報が鳴ったら扉を開けるなどの一般的なことは同じであるが、オーケストラ練習中に特有なことがあるのでその点について紹介する。
緊急地震速報がなったら、まずは天井を見上げるといい。ホールの場合は釣り天井になっていて大きく揺れることもある。ただし、そんなに慌てる必要はなく、耐震基準が厳しく設定されているので天井自体が落ちてくる確率は低い。しかし、吊り下げられている電球、スピーカー、シャンデリア等はかなりの注意が必要である。もし余裕があるならそれらの下から遠ざかることをお勧めする。天井の確認ができたら、タイヤのついている大型楽器の場所を確認する。特に、ピアノ、ティンパニー、大太鼓、ドラである。地震の揺れでそれらの楽器が動き出すことがある。ピアノに押しつぶされることは命に関わる程危険なことである。ティンパニー等はひな壇の上に置いてあることがあるが、もしひな壇の段差を落ち始めた楽器にぶつかったら、命にかかわるところまではいかなくても大怪我をすることになる。普段からタイヤのロックをしておいた方がいいが、そこまでマメにしている団体は少ないようである。ティンパニー等は地震の揺れによる動きを抑えられそうな雰囲気もあるかもしれないが、それは逆に危険な行為である。動かないように抑えこむよりも遠ざかることを第一優先としなければならない。全ての大型楽器から遠ざかるのが難しい場合、まずピアノを避け、次にティンパニーから遠い位置に身を置くようにする。指揮台も動きやすい物なので、指揮者は指揮台から降りていた方が安全である。
もし、練習中に楽器ケースを手元に置いている団体なら、緊急地震速報が鳴った時点で、全く揺れてなくても楽器をケースの中に収めることをお勧めする。それは決して持ち運ぶためではない。いくら高価な楽器でも、建物の外へ逃げる時は置いていくのが基本である。置いていった場合でも、ケースに入っていれば様々な落下物の衝撃から守られるからである。楽器を持っているとどうしても心理的に自分よりも楽器を守ろうとしてしまう。そのような心理を防止するためにケースに入れるというふうに考えておくといい。
緊急地震速報は、実際に揺れだすまでに数秒から1分ほどの時間がある。その間に冷静に次にとるべき行動を考えなければならない。とても難しいことであるが、特に指導をする側の人が冷静に指示をだせないと集団パニックになる。楽器を持った状態で大きな地震を経験するという人はあまりいないと思われる。普段の授業中なら机の下に簡単に潜れるような冷静な人でも、もぐる場所もなく両手が高価な楽器でふさがっているだけでパニックになりがちである。私はこれまでに練習中に緊急地震速報がなったことが数回ある。大人のアマチュアオーケストラにいる時は誰も慌てた様子はなかったが、学生に教えている時は、集団パニック寸前になったことが何回もある。机の下に潜る訓練は小学生からしているが、潜る物がない時の行動はわからないからである。ピアノの下に潜ろうとする生徒がかなりたくさんいる。ピアノはタイヤが付いているので地震の揺れで動き出すことがあるし、ピアノの足は自重を支えるだけで精一杯なので安全な場所ではない。震度6にもなれば、グランドピアノの足は折れてしまう可能性がある。1995年の阪神淡路大震災や2024年1月の能登地震でもグランドピアノの足が折れたりアップライトピアノが転倒したりした事例がある。椅子の上に楽器を置いて椅子の下に入ろうとする人も多い。その方法は、自分の頭は守られるが揺れで楽器が椅子から落ちることもあるので、かえって楽器をダメにする確率が上がってしまう。緊急地震速報は震度5以上の揺れの可能性がある時に発令されるものであるが、たまに誤報もある。もし揺れがひどくならなさそうであれば、周りの状況を確認しつつ楽器を持ったまま椅子の上に座っているのがいい。揺れがひどくなる気配を感じたら、あるいは座っていることすらできなくなってきたら、楽器を椅子か床に置いて地べたに座り頭を椅子の下にもぐらせる態勢をとるべきである。
緊急地震速報は、誤報あるいは携帯電話やスマートフォンの地域設定が合ってなく鳴ってしまう場合もある。しかし、緊急地震速報が鳴ってから1分間くらいは警戒を怠るべきではない。1分を過ぎても揺れる気配がなかったら、情報を集めつつ徐々に警戒を解除する。意外とその時間的感覚を理解していない人は多い。緊急地震速報が鳴って数秒で揺れないと、「何で揺れないの?」という声が聞こえ始めることが多い。
地震の揺れがひいてきたら、場合によって建物から避難となる。建物外へ避難するかどうかの判断基準はあいまいである。震度6程度以上なら屋外へ避難としている解説書が多いが、震度6を冷静に自分で判断できる人はいない。私個人の判断基準を公開していいのかわからないが、私は、電球が落ちる、ピアノがずれ動く、花瓶などの不安定なものは除外して落ちるべきでないものが多数落ちる、停電が起きる、ガスなどの警報機が鳴る、などの時は外へ避難すると決めている。外へ避難する時は、手ぶらが基本である。避難の道中に落下物があったり床が割れていたりすることも想定しなければいけないからである。人生の相棒である楽器を置きざりにして移動するのは本当に心苦しい。実際に経験してみると想像している以上にその心理状態が強くでる。しかし、建物の外へ避難するような状況であるなら、自分の身と共に楽器を守るのは難しい。第一優先させるべきことは人体の安全である。
ホールで演奏会を行っている最中に地震がくる可能性もある。ホールについた後、手が空く時間があったらホール内を探検しつつ避難経路を確認する習慣をつけておくといい。舞台セッティングを担当しない人は荷物を置いたらすぐに、セッティングをする人はセッティング後の時間に見回るのがいいと思う。本番中に大地震が起きたらお客さん優先で避難が行われる。演奏会の主催者である演奏者が先に避難しゲストであるお客さんをホール内に取り残すということはできない。それが建前ではあるが、未成年の集団だったら先生方がさっさと避難開始の号令をかけてくれるだろう。避難開始の号令をかけてくれても、誰かについて避難口から出るというのではなく、自力で最短距離で行ける避難口を考え行動しなければならない。
地震活動が活発になりつつある時期のようなので、そのくらいの覚悟を常に持っておいた方がいいと思っている。建前上は避難について厳しく覚悟しておくべきであるが、現実はホールスタッフがどうにかしてくれるだろう。ホールスタッフがどうにかしてくれると思いつつも厳しい考えを示すのは、普段の演奏会が終わって帰る時に、「出口どこだっけ?」という会話を聞くことが多いからである。大勢がその状態だと、それは危機管理として危ないことである。
余談であるが、緊急地震速報の音を音楽として理解しようとすると、思わず感心してしまう。緊急地震速報の音は何種類かあるが、NHKの音はゴジラのテーマ曲を作曲した「伊福部昭」の曲から作られている。恐怖心を過度にならない範囲で煽るように作られた警報音であり、誰もがその意図した通りの心理になるのだから感心せずにはいられない。
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