ステージマネージャーの役割
ステージマネージャー(ステマネ)の仕事内容は多岐にわたり、どれも専門性が要求されるものである。しかしながら、ステージマネージャーの重要性があまり認知されていない。そして、優秀なステージマネージャーは非常に少ない。この悪循環をどうにかしないと演奏会の会としてのレベルは低下していくことになるのではないかと私は危惧している。
プロの音楽家の世界ではステマネを職業としている人もいるが、アマチュアオーケストラやスクールオーケストラでは、演奏会当日だけのお手伝い的なステマネでしかない。スクールオーケストラではステマネを置かないということもあるが、決していいことではない。
クラシック音楽のプロの世界でのステマネは、ホール付きのステマネとオーケストラ付きのステマネとフリーのステマネに大別される。フリーのステマネは様々な演奏家のリサイタルをサポートするのがメインの仕事である。ホール付きのステマネは、そのホールのことを熟知している一方、オーケストラ付きのステマネはそのオケの事情を把握している。ホール付きのステマネとオーケストラ付きのステマネの両者が協力し合って本番当日の運営を進める。オーケストラ付きのステマネの本来の仕事は公演開催決定時から開始される。曲に合わせてホールを選定したり、特殊楽器の借用手配をしたり、チケット管理をしたりもする。言うまでもないが、ホールとの連絡係もこなすし、受付やステージのセッティングも行うし、当日の進行管理も行う。その他、演奏者が演奏に集中できるように、演奏会当日の演奏以外のことは全てステマネの方で担当する。意外と忘れがちなのが、舞台袖の環境整備もステマネの領域である。オーケストラ公演ではあまり関係ないが、少人数の公演では、奏者が一息つけるようにステージ内と同様に舞台袖にも椅子を準備したりもする。ステマネには本来はこのようにたくさんの役割があるが、アマチュアオーケストラやスクールオーケストラでは、当日のセッティングと進行の管理と弁当や録音などの業者への対応がステマネの役割である。プロとは違い、アマチュアオーケストラでは、舞台設営図やタイムテーブルの作成、ホールとの事前打ち合わせは団員の仕事である。団の方で作成した資料をもとに、当日手伝いにくるステージマネージャーが業務を引き受けるという流れである。ステージマネージメントに詳しい人に当日のステマネを依頼できるのなら、ホールとの事前打ち合わせ用の資料を作成する段階から相談し、ホールとの事前打ち合わせにも同席してもえれば有益な情報を入手できるはずである。その場合は早めに舞台設営などについて相談した方がいい。逆にステージマネージメントの業務を全く知らない人に依頼する場合も、早めに仕事内容を伝えるべきである。当日朝に図面やタイムテーブルを渡しても一見しただけでは何も行動できない。
ステージマネージャーは舞台袖で待機しているのが原則である。トイレに行くのはかまわないが、自分の買い物でコンビニに行くのはNGである。そのため、一日で必要なものは全て持参しなくてはならない。また、常時舞台袖で待機しなくてはならないため、奏者や指揮者がステマネを兼任するのはナンセンスである。高校以下の学校だと、音楽の顧問がステマネと指揮者を兼任してしまっていることがよくあるが、それはやめるべきである。もし何か災害が起きた時は、ホール側スタッフとステマネが協議し避難誘導を開始する。災害は地震だけではない。ホールが入っているビルの他の階で火災が起きた時などは、ホール管理事務室からまずは舞台袖に連絡が入る。その時にステマネ(顧問)が指揮台の上にいるようでは何もできない。災害以外でもホールからの連絡は全てステマネを経由して行われる。奏者や指揮者がステマネの場合、連絡のたびに演奏を止めなくてはならなくなってしまう。
大学の場合、卒業生あるいはトレーナーが紹介した人がステマネを担当すれば問題ない。高校生以下の場合、顧問あるいは学校の教員が担当するべきだが、ステマネの仕事を音楽の先生以外の教員が知っていることはほとんどない。そのため、大学の状況と同様に卒業生がステマネを担当している学校が多い。顧問の音楽の先生がステマネを担当した場合、ステマネは舞台袖に待機している基本原則があるので、生徒の様子を見回りに行きにくくなってしまう。顧問の音楽の先生が指揮を振るのなら、全くステマネの役割を果たすことができない。音楽の先生がステマネで舞台袖を動けなかったとしても他の先生が生徒の指導をカバーできるのなら問題ないが、それもなかなか難しい状況であると思う。あまりお勧めはできないが、複数のステマネを擁立し、時間帯により担当者を変えるという手も考えられる。例えば、演奏中とそれ以外の時間で分担するということが考えられる。時間帯により担当者を変える場合は、十分な引継ぎが必要である。
ステマネの仕事は時間の管理やステージセッティングをすると簡潔に表現されることが多い。しかし、具体的な一日の流れを書くと膨大な量になる。スクールオーケストラのステマネは、プロの本職のステマネの仕事と比べてしまうと簡略化された仕事を行っているだけに過ぎない。プロの演奏会のセッティングでは奏者の癖まで記憶し、椅子の角度や譜面台の向きや高さまで合わせる。演奏者が舞台袖から登壇し、曲を弾き始めるまで一度も譜面台や椅子を調整しなかったら、それはステマネがするべき仕事を完璧にこなした証拠であり、優秀なステマネである。お客さんとしても、会場到着から演奏を聴いて帰路に就くまで、何不自由なく快適であったら、それはステマネのおかげである。
私事であるが、小さい頃から参加していた発表会には、すごいステマネが毎回担当してくれていた。発表会では自分の順番の少し前に舞台袖に行くが、そこで緊張をほぐすためにステージマネージャーが色々な話をしてくれたり、一口のお菓子をくれたりしたのがいい思い出である。リハーサル時はそのステマネの動きを見たり手伝ったりしていたおかげで、舞台上の様々なノウハウも教えてもらった。その人は、メバリなんかしなくてもアンサンブルのセッティングをこなせる人であった。「何番目の客席の正面にポイントとなる椅子を置き、何歩のところに次の椅子を置く」という方法でセッティングの位置を暗記していた。譜面台の高さについても、奏者と自分の身長差を把握したうえで「自分ならこの高さだから、奏者の方が身長が何センチ高く、楽器の構え方がこうなのでこの位置と角度と高さ」という合わせ方をしていた。そのくらいのレベルのことをサラリとこなせる人と一緒に仕事をしてみたい。お菓子をくれるのも、発表会で子供が多いのを理解したうえで喉を潤すお菓子、甘いお菓子、酸っぱいお菓子、塩辛いお菓子を選べるように準備していてくれたのである。スクールオーケストラやアマチュアオーケストラでお菓子の準備をすることをすることはないし、セッティングのポジションはメバリをすればいいだけであるが、心構えは見習いたいものである。「ステマネは捨てられるマネージャーの略語」と言われてしまうような状況は打破しなくてはいけないと思っている。
ステージマネージャーについて知るには次の本がお勧めである。
『コンサートホールへようこそ』(臼澤 裕二、毎日ワンズ、2010年)
『「マエストロ、時間です」~サントリーホール ステージマネージャー物語~』(宮崎 隆男、ヤマハミュージックエンタテイメントホールディングス、2017年)
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