長編小説「ザ・デイドリーム・オブ・ティーンネイジャーズ」①
第一章 エイドリアン事件
(一)
アメリカのミシガン州の小さな町・エイドリアンで、僕は暮らしている。僕の父と母はいわゆる一般的なミドルクラスの白人の労働者。ミドルクラスといっても、家は裕福ではなくて、いつもその日暮らしに精一杯だし、トレーラーハウスに住んでいる。僕らの感覚だと、もはや中流ではなくて、下流な生活をしている。
それに、父は高卒で、母は中卒だし、僕の未来もこんな感じかと思うと嫌になる。父は毎日、7時に家を出発して、他の労働者と共にバスに揺られて1時間半の現場に出て、17時過ぎくらいに同じ順路をたどって帰ってくる。肉体労働にクタクタで、作業着は油で薄汚れていて、汗の匂いと混じって、臭い。しかも、帰ってきたらリビングで、作業着を脱ぎ散らかすもんだから、母は毎回、金切り声で嫌味を叫ぶんだ。本当に洗濯機の前で脱ぐとかすればいいのにと毎回思うけど、それを言うと、父に殴られる。
そんな家庭で育った僕も、今年の7月で10歳になった。あれ、「そんなに幼いんだ」って言った?10歳は十分すぎる大人だよ。学校だってひとりで行けるし、大抵の買い物もできる。唯一できないのは、算数くらいなもんで、他はここに住む大人よりはできるね。
そんなことは、どうでもいいんだ。小学校の授業が15時には終わるから、友人と遊んでは、いつも18時くらいに家に帰る。父と母のケンカには巻き込まれたくないしね。友達との用事がなくても、18時まで道草食って時間を〝殺して〟いることがほとんどかな。
退屈な授業に終わりを告げるチャイムが鳴ると、タイル張りの長い廊下に大勢の生徒が飛びしてくる。僕ももちろん、その中の一人。中には、熱心に先生に質問している「優等生」がいるけど、僕はそんな堅物とは違うね。親友のジャックを誘って、最近街に出来たゲームセンターに繰り出すつもりだ。
廊下沿いのロッカーに教科書を詰め込もうとしているジャックを発見した。勢いよく走り、彼にじゃれ合いの「ヘッドロック」をかましてやった。
「何するんだよ、マイク。急に脅かすのは、何だってナシだって言っただろ。」
「小さいことは気にするな。今日は、新しくできたゲームセンターに行こうぜ。」
「あそこは、不良のたまり場になってるんだろ。行って絡まれるのは嫌だよ。それにさ。」
「それに何さ?」
「それに、今日はジェニーが待ってる。」
「ジェニーが?」
ジェニーってのは、最近、ジャックに出来たガールフレンドのことだ。こいつ、今までは、ジャックのほうから、しつこく僕のことを誘ってきたのに、あの女と付き合い始めてから、めっきりだ。本当に友情ってのは、儚いもんだ。
「じゃあ、いいよ。ジェニーと、よろしくやってくれよ。こっちは、ジョージに、ルーカス、それにアレクも誘っていくよ。君がジェニーとよろしくやっている時、とんでもなく面白いことを起こしてやるからな。」
そういって、ジャックのもとを離れて、大見得を切ってあげた名前を挙げたメンバーに声を掛けに行ったが、みんなクラブ活動に、ボランティア活動に忙しいらしい。ああ、これだからいい子ちゃんたちは、困るぜ。でも、一人になるのは少しだけ寂しい。
校舎を出て、グラウンドの横を一人でトボトボと歩いていると、アメフトの防具に身を包んだルーカスがこっちを見ている。あいつは、一生懸命、申し訳のなさを表情で謝るジェスチャーをしたが、何だかそれがすごく腹が立った。僕は中指を立てて、口パクで「FXXK」と彼に言葉をぶつけてやった。
「ルーカス、早くこっちにこい。」
彼が走り去って、小さくなっていく。遠くでペナルティのスタージャンプをしている。いい気味だと思って、少しだけ足取りが軽くなった。
僕は、自転車のカゴにぼろぼろになっていたアディダスのリュックサックを投げ入れて、勢いよく走りだした。校門前には、迎えに来ている保護者と生徒たちでいっぱいだった。そんなのは気にしない。親に連れられて、学校に行って何が楽しんだか。僕は、自由気ままにいきるんだ。
そんな気持ちが自転車にも通じたのか、本当に早く道路を滑っていくようだった。気が付くと、学校からはだいぶ離れていて、潰れた商店が立ち並んだロイド・ストリートにやってきた。異様な雰囲気に、僕の冒険心は掻き立てられた。ペニーワイズでも、E.Tでもなんでも来いってもんだ。主人公が未知なる体験をしたことで物語が展開する映画は、僕も何本も見たことがある。僕の経験だと、ここは物語が始まる予感が漂っているね。
自転車から降りて、僕は未知との出会いを期待しながら、小さな異変にも気が付くようにゆっくりと歩いていた。すると、「キャー」っという叫び声がして――そんな都合のいい展開はしなくて、町のはずれまで歩いてみたものの、変わったものがあったとするなら、それは古びた屋敷があっただけ。いつ壊れてもおかしくなさそうな、大きな館が街を見渡せるくらいの丘の上にポツンと立っていた。
じとっとした視線を感じて振り返ると、そこにはジャックとジェニーが立っていた。
「何をしているんだよ。こんなところで。」
「それはこっちのセリフだ。僕らをからかってつけてきたんだろ。少しくらい誘い断ったくらいで。こんな仕打ちはひどいじゃないか。」
「違うんだ。ぼんやりと、自転車を漕いでいたら、こんなところについてしまっただけだよ。勘違いしないでくれ。君たちを追いかけてきたわけじゃないし、君たちのデートを邪魔しようとしたわけじゃないからね。というよりも、僕のほうが聞きたいんだが、なんでもこんな寂びれた住宅地に来ているんだよ。」
「それは……。」
ジャックは、言葉を詰まらせた。「言ってもいいんじゃない?」とジェニーが言った。
「うちの犬が疾走したんだよ。」
「失踪?あんなに利口な犬だったじゃないか。いつも、ジャックの言うことお訊いていたしさ。それが、なんでまた。」
ジャックは、また口をつぐんだ。その様子を見たジェニーは、代わりに話を続けようとした。
「私たちが、ジャックの家に行ったら、いきなりラダー(ジャックの犬の名前)が吠え始めて、つながれているリードの紐を食いちぎったの。そこからは、本当にあっという間で、走り出すラダーを追いかけて、私たちもここまで来たの。でも、見失ってしまって。」
「こんな事初めてなんだよ。ラダーはいい子だったし。何かに取りつかれたかのように、本当に必死の剣幕で走り出していた。」
僕は、心が痛くなった。ラダーは、僕にとっても大事な存在だ。ジャックの家に行けば、ラダーがいる。ジャックとラダーは、三人でいろんなところに言った思い出もある。
「マイク、さっきはつらく当たってしまってごめんよ。ちょっと、ラダーがいなくなっていたことで、動揺していてさ。もしよかったら、一緒に探してくれないか。」
僕は少しだけ答えに迷った。素直に「Yes」と答えられないのは、意地があったかもしれない。そんな僕のようにいち早く気が付いたのは、ジェニーだった。ジャックと僕の手を握って、つなぎ合わせながら、「いいでしょ。みんなで探したほうが早く見つかるわよ。」と言った。彼女の屈託のない明るさに、僕はしぶしぶ協力することにした。
僕らは、古びた大きな館のまわりを丁寧に探した。茂みの中も一つひとつを木の棒でつついてみたが、反応がない。それもそうだ。ラダーは、もう11歳にもなるボーダー・コリーの老犬だ。こんな茂みの中に、巨体を隠すことはできない。「この館の周りに逃げ込んできたんだよね。」と僕。ジャックは、「この館に入っていくのが見えたんだ。確かに。」と答えた。
その瞬間、犬の鳴き声が響いた。
「ラダー!?」
僕らの心の中に浮かんだ言葉は、同じだった。ジェニーが「今、鳴き声が聞こえたよね。確かに聞こえたよね。」と興奮気味に叫んだ。鳴き声のほうに僕らが導かれると、館の扉がすこしだけ開いていた。
「ここ、開いてるね。」
「マイク、ここって最初から開いていたか?」
「どうだろう。僕は記憶がないけど。でも、ドアのカギは辺に開けられた痕跡があるね。」
「もしかして、ラダーが開けたりして?」
「そんな力、ラダーにはないんじゃないか。」
そんな会話を交わしておきながら、僕らは恐る恐る館の中に入っていった。玄関は吹き抜けの広い間で、中央に絨毯が敷かれている。これは、ペルシャ絨毯か?でも、埃が酷くかぶっていて、模様は微かに分かるくらいには汚れていた。
玄関の扉の正面には大きな階段がある。その脇には、暗い地下へと続く小さな階段もあった。そして、左のほうには、わずかな血痕があった。
「これ見てみろよ。血だぞ。」と僕。
「きっと、ケガしてしまっているのよ。早く助けに行かないと。」と言ったジェニーは、勢いよく階段を下っていった。ジャックと僕は、そのあとに続いた。カチカチとなぜか灯っている蛍光灯の点滅する音が、響いていた。血痕は、少し開いている鉄の扉の隙間に続いていた。僕ら三人は、恐る恐ると扉を開けると、そこには横たわっていたラダーの姿があった。
「ラダー!」
ジャックは、急いでラダーのもとに駆け寄った。「クゥー」と、ラダーは彼の身体に顔を寄せて、か細く鳴いた。
「ラダー、心配させやがって。大丈夫だぞ、手当てしてやるからな。大丈夫。大丈夫。もう大丈夫だからな。」
ジャックは、何度も何度もラダーの身体をさすっていた。
「ジャック、これを見ろよ。」
「なんだよ。」
彼の視線が、ラダーの下肢へと向けられた。
「えっ……。」
ラダーの後ろ脚は、そこには存在していなかった。それも切断されたというよりは、体が溶けてしまったかのような、こんな傷跡は見たことがないくらいに悲惨に足2本が無くなってしまっていた。
ジェニーは、思わず地べたに尻込みをした。この部屋の工具棚に、彼女の身体がぶつかった。彼女の太ももに、ねっとりとした濃い赤い液体が付いた。生暖かく、魚が腐ったような匂いが鼻の奥を突き刺してくる。僕らは、ゆっくりとジェニーの頭上を見上げた。そこには、中年男性の顔があった。
声にならないくらいの悲鳴を叫ぶも、ジェニーは腰が抜けてしまった。動けない。僕は咄嗟に彼女の手を掴んで、体を引き寄せた。
「なんだよ、これ!ゾンビかよ。本当にいたのかよ。」とジャックは叫んだ。
「いや、でも死んでるぞ。」と、やけに冷静に僕は返答した。
「じゃあ、何でこの死体、天井にぶら下がってるんだ?」
「ぶら下がってるのか?これ、むしろ生えているみたいに飛び出ているよ。」
中年男性は、海軍のセーラー服を身にまとっていて、血で赤く染まっている。顔にはほとんど外傷はなさそうだが、白目をむいて、口も無気力に開いている。
足元で、ラダーのか細い鳴き声が聞こえてくる。我に返ったジェニーが、「ラダーを連れてここから出ようよ。そうじゃないと、ラダーが死んじゃう!」と言った。
ジャックと僕は、大きなラダーの身体を優しく持ち上げて、館を後にした。
「確か、この辺、ラダーをいつも連れていく動物病院があるはずなんだ。去年も健康診断で来たばっかりだし。」
館からは、しばらく離れた。ジャックのあやふやな記憶だけを頼りに、ロイド・ストリートを北上していた。僕らは、生暖かい不安の空気に纏われていて、何を話していいのか分からない時間が続いた。
「クゥ……」
ラダーの鳴き声が、少しずつ少しずつ弱くなってきている。早くしないと、ラダーが死んでしまう。ジャックをせかしてもキョロキョロしているだけで、まったく頼りにならない。僕は、自分の着ていたTシャツの一部を破って、無くなった下肢を止血してみた。ラダーに痛みが走って、暴れた。ジャックは、強めに僕を叩く。
「何するんだよ。ラダーが痛がってるじゃないか。」
「ここで止血しないと、死んじゃうじゃないか。お前の服が血で真っ赤になってるだろ。そもそも、お前がちんたら病院を探しているのが悪いんだ。」
「そんないいかたしなくてもいいだろ。僕だって、一生懸命に……」
ジェニーは、さっきの気丈に振舞っていた元気はもう無くなっていて、僕らのケンカもぼんやりとしか見ていなかった。一番、つらいはずのラダーが、ジャックの胸に顔を寄せて、優しそうな目で僕らを見ている。
「もうやめようぜ、こんな時にケンカなんて。」
「そうだよな。マイク、ごめん。」
ジャックが冷静さを取り戻すと、一気に景色が開けたかのように、視界が鮮明になった気がした。
「マイク、この辺だった気がするぞ。あの、ダンキンドーナツで、いつも待ち時間にドーナツを買うんだよ。」
すると、確かにドーナツ店の目の前に、「アニマル・ホスピタル」の文字が書かれた看板が出ていた。三人は、まるで希望が再び灯ったかのように走って、そこに向かった。
小学生にしては重い扉を、僕とジェニーが開けて、病院の中に入った。すると、受付の黒人の女性がこっちをすぐに向いた。
「ジャック、どうしたの?それにラダーもいるじゃない。」
「ジェシカ、ラダーの足が、ラダーの足がね。」
ジェシカは、ラダーの身体を丁寧に診ている。
「みんな、すぐにタンカーを持ってきて!」
病院が一気に慌ただしくなった。ラダーの身体は軽々と持ち上げられ、タンカーの上に乗せられ、あっという間に手術室の中に連れていかれた。僕らは、ただただ呆然とその様子を見ることしかできなかった。
「これで、ラダーは助かるんだよね。」
ジェニーのか細い声が、聞こえてきた。ジャックは、彼女の手を握って、静かにうなずいた。僕は、ラダーの心配よりも、親友のカップルが寄り添っていることへの気恥ずかしさのほうが、少しだけ上回った。
2時間くらいが過ぎた。ロビーに差し込んできた日光の色が、オレンジ色に変わってきていた。何かをしたわけではないのに、ものすごい疲労感が襲ってくる。ヒリヒリと胸が焦燥感で痛んでくる。僕らは、まだ動物病院のロビーの椅子に座っていた。
「君たち、お母さんとか、お父さんには連絡したの?」
受付の黒人女性が、不機嫌そうに話しかけてきた。それもそうだ。僕ら三人の所持金を合わせても、たったの10ドルちょっとしかない。こんなんで医療費を賄えるはずもない。
「まだ、連絡してなくて。お金のことなら、ちょっと待ってください。何とかしますから。」
僕は、そう言った。しかし、黒人の彼女は、怪訝な顔を浮かべた。僕は精一杯の大人の対応を心掛けたつもりだったし、何でそんな表情をぶつけられるのか、さっぱりわからなかった。その一部始終を見ていたジャックが、割り込んできた。
「お父さんに、連絡したいので、電話を貸してもらってもいいですか?」
「いいわよ。」と、黒人女性は、そっけなく、そして乱雑に電話機を、ジャックに渡してきた。大人は、いつも子供を下に見てくる。だから、嫌いなんだ。子供が何も知らないとでも思って、自分たちは何でも知っているかのように。僕の心には、そんな感情がいっぱいに広がった。少しだけ、不貞腐れてロビーの長椅子に勢いよく腰掛けた。僕の体重じゃ、そんな椅子にあっけなく跳ね返されて、強い衝撃が伝わってくるだけだった。
「もしもし、お父さん?今、リバー・ラウンジ・パークの近くにある、いつも行く動物病院に来ていて。脱走したラダーが大けがしてさ。そうなんだ。学校から帰ったら、つないでた紐を食いちぎって。うん、それで、見つけたときは、後ろの足が無くなっていて。今?えっと、マイクと、ジェニーと一緒。三人で、ラダーを探していてさ。そっか、じゃあ、ここで待ってるね。」
ジャックは、丁寧に電話を切った。
「ありがとうございました。お父さんが、あと一時間後に来てくれるみたいです。」
「そう、それは良かった。それじゃ、お父さんが来るまで、私はここにいることにするわ。外来の受付時間はとっくに過ぎているから、締めようかとも思ったんだけどさ。あなたたちだけにしておくわけにもね、できないから。」
見当違いの怒りをぶつけてしまったことに、僕は急に恥ずかしくなった。まるで、「あなたは、まだ子供よ」と、この世界から言われているみたいで。僕は、またしばらく沈黙することにした。
時計の秒針の音が響いている。ジャックも、ジェニーも、示し合わせたかのように何も言わない。僕は、薄く目をつぶって、寝たふりをしてみるが、何も音は聞こえてこない。ジャックと、ジェニーの間にも、少しだけ距離が出来ていた。そんなことをしていると、多分一時間なんてすぐに過ぎてしまったんだ。
動物病院の自動ドアが開く音がした。
「ジャック!」
そう呼びかける声に、僕らが振り返ると、僕らのそれぞれの両親がいた。
「ジェニー、ケガはない?大丈夫?危険なことはしていないでしょうね。」
「大丈夫よ、ママ。私は、何もしていないわ。何も、本当に何も。」
彼女の顔は、引きつった笑顔で、何かを隠そうとしていた。ジャックも、ジェニーも、親に抱き着いて、まるで、「ガキ」みたいな甘え方をしていた。でも、僕は違う。すると、僕の左の頬に、痛みが走る。父に、強く打たれた。
「何するんだよ!」
「いま、何時だと思っているんだ!もう、8時だぞ。10歳のガキが一丁前に、自分たちで何とかしようと思いやがって。こういう時には、大人に頼るんだ!」
「ちょっと、やめてよ。あなた。いきなり、殴らなくてもいいじゃない。マイクも不安だったんだろうから。」
「こういうのは、厳しく言っておかないといけないんだ!」
僕に集まる冷たい視線。まただ。この視線が嫌なんだ。だから、一人で生きれるような強い自分に、大人になりたいんだ。声にならない怒りを、心に押し殺して、僕は拳を強く握った。そんな気まずい空気を感じ取ったジャックの父親が、僕に話しかけてくれた。
「マイクが、ラダーを助けてくれたんだろう?本当にありがとうな。家族を救ってくれて、ありがとうな。あっ、お父さん、マイクは家族の命を助けてくれたんだ、今日のところは、私に免じて、怒らないでやってくれないか?」
父は、不貞腐れたように、病院の外に出ていった。この時には、この行動が僕とそっくりだということには気が付いていなかった。
手術中という赤いランプが消えて、手術室の扉が勢いよく開いた。
「ラダーの命は、無事よ。義足にはなるけど、命には別条はないし、今後、散歩だってできるようになっていくわよ。ラダーは、本当に強い子ね。」
「カトリーヌ先生、本当にありがとう。」とジャック。白人の中年くらいの女医さんのカトリーヌは、僕らのほうにも微笑みかけた。
「あなたたちね、ラダーの命を助けてくれたのは。主治医の私からも、お礼を言わせて。ありがとうね。」
彼女越しに、ベッドに横たわっているラダーの姿が見える。ジェニーと、僕は、彼女に頭を撫でられると、今まで感じていた不安から一気に解放されて、大きな声で泣いてしまった。まるで、子供みたいに。僕らは、無我夢中にラダーに駆け寄っていた。「よかった。よかった。生きていて、よかった。」、三人は、もう一度、心を一つにして喜んだ。そして、今日、僕らが見て、体験したことは他言しまいという固い決意もした。
②へと続く