男性でも電車で痴漢に会う
■回想
高校2年生。夏。
半そでのワイシャツが汗ばむ。
肩にかけたナイキのエナメルバックが張り付いて気持ち悪い。
13時から始まるサッカー部の練習に向かうため電車に乗った。
外の景色が見たくてドア前のつり革に立ち、両腕の手首ををひっかけて揺れていた。
いつもの洋楽プレイリストをミュージックプレイヤーで再生する。
ガシャガシャとノリノリな音楽がイヤホンから流れる。
学校の最寄り3駅前。
背中の違和感に気が付いた。
空き缶程の小さな円を指でなぞられている。
ゆっくりゆっくりと。
始めは何が起きているか理解が出来なかった。
誰かの鞄か何かが当たっているのだろう。そう思った。
しかし、私の周りには一人しかいない。
ミュージックプレイヤーを見るふりをして、足元を確認すると女性の足が見えた。
黒いパンプスにグレーのスカート。
社会人の女性が私の背中に張り付くように立っている。
トンネルに直ぐ入ったが扉のガラスの反射を見る事は出来なかった。
行為そのものに不快感は感じなかった。高校生に背中で性を感じろと言う方が無理な話だ。理由は恐怖だった。
始めは「なんだろう?」だったが、次第に「なぜ?」に代わり最終的に「怖い」にゆっくりじわじわと変化していった。
「なぜ?」に自分なりの回答を得る事は出来ない。「電車に乗った見知らぬ人の背中に円をなぞる」なんて経験が無い為、なぜそんな事をするのか想像も出来なかった。
そして「未知」の恐怖と、見ず知らずの人にそんな事が出来る人が次に何をするのか分からない、「危険」の恐怖であった。
ねっとりとしたなぞりは2駅の間続いた。
一切気が付いていないふりをして、目的地で下車した。
振り返りもしなかった。そのまま日常を歩いた。
■回送
大人になってからこのことを思い出した。
お姉さんと触れ合えて羨ましいとかもてはやされるかもしれない。
しかしそこにあったのは「恐怖」である。
むしろ、体格・体力的にも勝る可能性がある男性に対して、臆面無く痴漢をする様な人が何をするか分からない、底知れぬ恐怖感だ。
別にトラウマでもつらい経験でも無い。
遥かに辛い経験はもっと色々とあった。
しかし、あの人はまだ学生に痴漢をしているのだろうか。一瞬の気の迷いだったのだろうか。仕事でどうしよも無く辛い事があったのだろうか。
私の背中で抑圧された感情は消え、回送できたのだろうか。
そんな事を考えてしまう。
ちなみにここまで全て実話である。
いっその事「指で円が書けるサイズの男子高校生の汗ばんだYシャツの背中」を模したキーホルダーとか売り出したら一定数売れるかもしれない。
知らんけど。