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食の都市伝説(2)「マーガリンはプラスチックだ!」

 それは新年度が始まってすぐのことでした。都庁第二本庁舎にある学校健康推進課に一人の中年紳士が現れました。
「学校給食でマーガリンを使ってはいけない! すぐにバターに替えるんだ!」
小学校のPTA会長だと名乗る男性は大声で叫びます。
「マーガリンはプラスチックでできているのを知らないのか! そんなものを子どもに食べさせるな!」  
フロアはマーガリンを塗ったように静まり返りました。
 
 今週は、口裂け女と並ぶ都市伝説の古典「マーガリンはプラスチック」を妄想します。

フレッド・ローのマーガリン大実験

 マーガリンはプラスチックだという都市伝説がいつごろ流行したのか、はっきりとした記録はありませんが、筆者の記憶では1980年代に話題になったと思います。その出どころをたどっていくと、謎のアメリカ人フレッド・ロー氏にたどりつきます。ロー氏は「マーガリン大実験」という逸話で一躍有名になった人物です。

    それは、マーガリンを皿にのせて窓の外に二年間置いておくだけの実験でした。二年後、マーガリンには昆虫がまったく寄りつかず、腐りもせず、カビさえ生えなかった(ロー氏談)ことから、ロー氏は「マーガリンはプラスチックだ」という結論に達し、「こんなものを食べてはいけない」と説いたそうです。

 ロー氏のマーガリン=プラスチック説は世界中の健康至上原理主義者(健康のためなら命も惜しくないと主張する人たち)の間で猛烈に支持され、今も古典都市伝説として語り継がれています。
 

マーガリンは腐敗しない

 マーガリンの主成分は油脂と水です。油脂は酸化・劣化はするものの、腐敗はしません。当たり前の話です。食品の腐敗とは、細菌類の作用によってタンパク質が分解し、人体に有害な物質が発生することをいいます。油脂はタンパク質ではないので腐敗しません。砂糖や塩が腐敗しないように。

 虫が寄りつかなかったというのは、置いておいた場所が悪かったのだと思われます。油脂はタンパク質や糖質の二倍のエネルギーを作り出す高エネルギー源なので動物も食べます。

危険な油が病気を起こしてる

 マーガリン大実験とは別に、健康至上原理主義者がマーガリン=プラスチック説の根拠としているのが J・フィネガン博士が書いた「危険な油が病気を起こしてる」という翻訳本です。書籍名の日本語からして少しおかしいような気がするのですが、この本にはマーガリンの危険性がたっぷり書かれています。
    その原書は英語なので文中に度々plasticityという単語が登場します。そのplasticityについて説明しておきます。

 ロウや粘土に外から力を加えると形がかわりますが、いったん形がかわってしまうと力を抜いても形は元にはもどりません。この性質のことを可塑性かそせいといいます。そしてマーガリンも可塑性物質です。この可塑性のことを英語ではplasticityといい、可塑性(熱可塑性)のある合成樹脂をplastic(名詞)といいます。

 
 

 「危険な油が病気を起こしてる」が出版されたのはマーガリン大実験が話題になってから10年以上後のことです。ここからは筆者の妄想ですが、「危険な油が病気を起こしてる」はマーガリン大実験を肯定するために書かれた。そのため、plasticityという単語を含む、マーガリンは可塑性物質であるという英文を「マーガリンはプラスチックだ」と故意に誤訳したのではないかと思います。

    筆者は、フレッド・ローのモデルとなる人物がマーガリンを屋外に置いておく実験はしたが、それほど大した考えはなく、日記程度の文章にした。それを故意に「マーガリン=プラスチック」に膨らませた人物が別にいたと思っています。

トランス脂肪酸

 マーガリン=プラスチック伝説が沈静化した2015年のことです。米国食品医薬品局が「トランス脂肪酸を生成する部分水素化油脂の使用を原則禁止する」と発表しました。
   
    部分水素化油脂はマーガリンやショートニングの製造時に添加されていました。それにより生じるトランス脂肪酸が心筋梗塞などの冠動脈疾患を増加させる可能性が高いという研究結果を受けての使用禁止でした。

 米国食品医薬品局の発表の翌日、日本では「アメリカでは規制がかかったのに、なぜ日本では野放しなんだ!」という声が上がり、「トランス脂肪酸は自然界に存在しないので食べてはいけない 」という新たな都市伝説も現れたのです。

バターにもトランス脂肪酸が含まれている

 トランス脂肪酸は自然界にも存在します。例えばバターにも微量の天然トランス脂肪酸が含まれています。ただし、油脂の加工(マーガリンの製造)時にできるトランス脂肪酸と天然のトランス脂肪酸がまったく同じものなのか、また、多くの種類があるトランス脂肪酸の中で、どのトランス脂肪酸が、あるいはすべてのトランス脂肪酸が健康に悪影響を及ぼすのかについては、現状では十分な科学的情報がありません。

なぜ日本では規制しないのか?

 米国食品医薬品局のトランス脂肪酸禁止令は、WHO (世界保健機関)による、トランス脂肪酸の摂取を総エネルギー摂取量の1%未満にするべきだという発表に基づいています。禁止令前のアメリカ人のトランス脂肪酸摂取量は総エネルギーの2%に達していたので禁止に踏み切りました。

 一方、日本人のトランス脂肪酸の摂取量は総エネルギー摂取量の0.3~0.6%であることが分かっています。それにより、日本の食品安全委員会が取りまとめた食品健康影響評価(平成24年3月)において、平均的な日本人の通常の食生活なら健康への影響は小さいと評価されました。これが日本では規制されなかった理由です。

「コゲを食べると癌になる」

 多い少ないではなく、「毒は毒」だという考え方は根強くあります。そんな方には「コゲを食べると癌になる」という官製都市伝説を教えてさしあげます。

 この都市伝説の発端は、国立がんセンターが1985年に発表した『がんを防ぐ12か条』の中に「コゲた部分は避ける」という項目があったからです。ではコゲを食べると癌になるのかと言えば微妙なところです。コゲの中に発がん性物質が含まれているのは事実ですが、その量はごく僅かです。具体的には「毎日、体重の4倍のコゲを一年間食べ続けると癌になる可能性が高くなる」ぐらいの量です。体重の4倍のコゲを毎日食べている方はお気をつけ下さい。

 食品が体に悪いかどうかは摂取量を抜きにして判断することはできません。水でも塩でも取りすぎると体に悪いのです。マーガリンの危険性も、考え方としては同じです。

バターはやめてマーガリンにして下さい…?

 ネットやSNSでは「マーガリンはやめてバターを食べろ」と言われています。しかし、現在ではメーカーのたゆまぬ努力の結果、日本製マーガリンのトランス脂肪酸含有量は劇的に少なくなっています。製品によってはバターよりもトランス脂肪酸が少ないぐらいです。

 キッチンの花子さん

  さて、ここまで「 マーガリンはプラスチック」伝説を追いかけてきましたが、この都市伝説はもはや都市伝説ではありません。なぜならバターを含有しているマーガリンが登場したからです。これは都市伝説界では反則です。トイレの花子さんがキッチンに出現するようなものじゃないですか!(なんか違うか?!)    
    

   今週も最後までお付き合いいただきありがとうございます。最後に役に立つ都市伝説をお教えしましょう。

      口裂け女に出会ってしまったら「マーガリン、マーガリン、マーガリン」と、三回唱えるといいらしいですよ…。


信じるか信じないかは、あなた次第です。

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