阪急神戸線6駅限定「関西風東京弁」~兵庫県の方言~
梅雨も明けて異常な暑さが続いています。ご機嫌いかがでしょうか? 先週の「大阪弁と京ことば」が思いの外好評を賜り、奈良と兵庫の方言も書いて欲しいとリクエストをいただきました。そこで、今週は兵庫県の方言を妄想してみます。※例によって、筆者は言語学の研究者ではありませんので、ここに書くことはあくまでも筆者の私的考察といつもの妄想です。何も裏付けはありません。正しいとも限りません。筆者の基本スタンスである「面白半分」ですのでご容赦ください。
西日本方言
この方言シリーズの初回である「大阪弁と京ことば」の冒頭で「関西弁」という括りが広すぎる。という話を書きました。その上で西日本方言について書くの気が引けるのですが、仕方ありません。
西日本方言は、九州を除く西日本で話される方言の総称です。西日本ですから、もちろん大阪弁も京ことばも含まれます。なぜこの広い定義の方言の話をするのかというと、これからお話する兵庫県の方言の基礎知識として知っておいて欲しいからです。
▶岐阜・愛知方言 ▶北陸方言 ▶近畿方言 ▶四国方言
▶十津川・熊野方言 ▶中国地方方言(東山陰方言を含む) ▶雲伯方言 = 島根県東部~鳥取県西部方言
以上をまとめて西日本方言と言います。
兵庫県の方言
兵庫県の方言は、下の図のように五つに大別されます。
但馬弁
但馬弁は兵庫県北部の但馬地方で話される方言です。
これだけで終われば楽なのですが…。兵庫県の但馬弁以外の四つの方言は、大阪弁と同じカテゴリーの近畿方言なのですが、但馬弁は東山陰方言に属していています。この東山陰方言は中国地方方言に分類されているので、但馬弁だけが広島弁や岡山弁に近いと認定されているのです。
さらにややこしいことに、中国地方方言である但馬地方の南部(養父市、朝来市)は近畿方言の特徴が混ざっているのです。・・・ 大阪弁よりの広島弁ってことでいいですか?
まことにややこしい話ですが、分かりやすい部分で言うと、但馬の北部(豊岡市、香美町、新温泉町)は、中国地方方言の特徴である関東式アクセントです。それに対して、但馬南部(養父市、朝来市)は京阪式アクセントで、播磨弁の影響もみられます。実際には各市町でピシっとアクセントが変わるわけではないので、但馬地方に行くと大阪弁のような、京ことばのような、広島弁のような、播磨弁のような、妙な感覚になります。
丹波弁
丹波地域は近隣の京丹波町、南丹市、亀岡市、舞鶴市と同じ丹波弁の京阪式アクセント地域です。その大きな特徴は「ちゃった弁」と呼ばれる、語尾の「ちゃった」にあります。
過去形は『先生は朝早くに出かけられた』→『先生は朝早くに出かけちゃった』 『昼過ぎにお帰りになった』→『昼過ぎに帰っちゃった』です。
進行形は『先生が言っておられるよ』→『先生が言うとってやで』 と、こんな感じです。 ちなみに、「みなと舞鶴ちゃったまつり」はこの「ちゃった」に由来しています。
また、紀州弁と同じザ行音→ダ行音の交替発音も見られます。「座布団どーぞ」→「だぶとん どーど」です。
播磨弁
播磨弁は揖保川流域と千種川流域の西播方言と、加古川流域・市川流域・夢前川流域の東播方言に分けられます。
播磨地域は、大坂から岡山、広島に向かう山陽道が通る交通の要所で、昔から人の往来が盛んでした。そのため言葉も入り混じり、西播方言は岡山弁の影響をうけ、東播方言は摂津弁の影響を受けています。また、宍粟市など北部では「ちゃった弁」が見られたり、ザ行音→ダ行音の交替発音も一部に見られます。
話は変わりますが、播磨弁は日本一ガラが悪いと言われることがあります。それはこの地域の元々の言語と親和性がない上州弁や三河弁の影響を受けているためだと思われます。
それは1749年に姫路城の第40代城主・姫路藩主に就任した酒井忠恭から始まりました。酒井家は徳川家康の重臣だった酒井正親を藩祖としているので、三河弁ネイティブでした。しかし、忠恭は姫路の前は上州(群馬県)・前橋藩主だったので、家来衆には前橋出身者がたくさんいました。さらに、忠恭は姫路に着任後すぐに、「播州弁(播磨弁)は武士の用ふべからざる惰弱の言葉」と決めつけ、家臣が播磨弁で話すことを禁じました。
惰弱とは「いくじがない」という意味なので、家臣達は三河弁や上州弁の上品とは言えない言葉をあえて使って、荒々しさを演出していたようです。
酒井家は1868年(明治元年)に諸藩に先駆けて版籍奉還するまで姫路藩主を務めるので、実に119年間、播磨弁を良しとしない家風を貫きました。ところが、実際は時とともに姫路生まれの家臣が多くなり、いつのまにか三河・上州弁と地元播磨弁は融合し、現在の播磨弁の元になる方言が出来上がっていました。
こういったいきさつで、現在の播磨弁はガラが悪いと言われることもありますが、あちこちの方言を内包した、なんとも温かい方言です。
淡路弁
大阪湾最大の島である淡路島の言葉は、阪神間、大阪、和歌山と徳島の影響をうけていますが、不思議なことに播磨弁との共通性はあまりありません。具代的には島北部は大阪の河内弁と大和ことば、島中部は大阪の泉州弁と和歌山の紀州弁、島南部は徳島の阿波弁の影響を強く受けています。アクセントは全島で京阪式です。
また、淡路島には敬語がないとよく言われるのですが、昔は淡路だけで通用する敬語があったようです。元々、洲本藩は身分・貧富の差が小さく、ざっくばらんに話す文化だったので、敬語を使ってよそよそしくなることを嫌がりました。その上、京阪神から言葉が入ってきたことで、身内言葉のような敬語は消えてしまいました。
もう一点、記しておきたいのは、洲本市由良地区に伝わる由良弁です。この方言は筆者には関西弁の古語のように聞こえます。聞き取れる単語もあるのですが、トータルするとまるで理解できない方言です。筆者は専門家ではないので詳しいことは分かりませんが、由良地区にだけこのような言語が伝わったのではなく、由良地区だけで生き残ったのではないかと思います。なにがあって、なぜ由良地区だけで生き残ったのか、興味が尽きない方言です。
神戸弁
さて、いよいよ摂津地域です。ここの摂津弁は大阪の摂津弁と少し違います。神戸の西部は播磨弁の影響が濃く出ているので大きくは播磨弁に分類されます。また、神戸の東部は摂津弁の影響を受けながらも神戸独自の言葉遣いがあるので、ここでは神戸弁と呼びます。
神戸弁の特徴的な言葉は
▶なにしとー?(なにしてるの?)
▶蛙が死によう(蛙が死にかけている)
▶蛙が死んどう(蛙が死んでいる)
▶台風来ようから、電車止まりようで
(台風が来るから、電車が止まるよ)
▶台風来とうから、電車止まっとうで
(台風が来たから、電車は止まってるよ)
また、敬語も大阪弁とは違います。
▶「いらっしゃいますか」→大阪弁「いてはりますか」 →
神戸弁「おってですか」
▶「お行きにならない」→大阪弁「行きはらへん」→
神戸弁「行ってやない」
全体的な印象としては、丹波弁と摂津弁の影響をうけた播磨弁ですが、近年、急速に標準語化している気がします。
阪急神戸線の6駅限定「関西風東京弁」
阪急神戸線の西宮北口、夙川、芦屋川、岡本、御影、六甲、このあたりは高級住宅街として有名です。そして、この阪急神戸線の西宮北口、夙川、芦屋川、岡本、御影、六甲駅周辺だけが「関西風東京弁」なのです。
1914年(大正3年)、第一次世界大戦が始まり、日本は特需景気で製造業や海運業が大いに発展しました。中でも大阪は重工業が飛躍的に発展し、好景気に沸きました。大大阪時代とよばれたこの時代、大企業の多くは大阪に本社をおいていました。ただ、やはり政界や東京の経済界を軽視するわけにはいかず、大阪に本社を置く企業は東京の経済界や政界に明るい人材を欲しがりました。そこで、東京帝大(現・東大)卒の優秀な人材を採用するようになり、その中でもずば抜けた若者を経営者の娘婿に迎えるのが流行ります。
ところが、急速に工業地帯化した大阪の街は環境も急速に悪くなったので、在阪の財界人は本社を大阪に置いたまま、住まいを自然豊かな阪神間に移しました。当然、東京帝大卒の婿を迎えた娘夫婦も六甲山系の麓で暮らします。そして、そこで生まれた孫世代は、父親である帝大卒の婿が話す東京弁と、母親が話す摂津弁を手本にして育ち、家内ハイブリッドが出来上がりました。
西宮に住む筆者の従妹も、この関西風東京弁を話すのですが、従妹相手に大阪弁で話すことに気遅れする自分が情けなくなります。ただ、従妹は特別なブルジョワではないのに、なぜ関西風東京弁なんだ?とその母親である叔母に尋ねたことがあります。叔母によると、上記の阪急神戸線6駅周辺に限れば、庶民も含めてみんな関西風東京弁だと言うのです。それを聞いてから、筆者は一度も阪急神戸線には乗っていません。甲子園には阪神電車で行くので何も問題ありません。
いかがでしたでしょうか? 専門家でもない雑文をお読みいただきありがとうございました。
さて、残るは奈良県の方言なのですが、これがまた大変な記事になってしまいました。奈良の方言については、おおまかには知っていたのですが、調べていくうちに話がどんどん広がってとんでもないタブーにまで行きつき、自分で言うのも何ですが、大変おもしろい、突飛な記事が出来上がりました。
予想外の大作になってしまったので、急遽予定を変更して奈良編は有料記事として公開させていただきます。100円以上の価値がありますのでぜひご覧ください!
▶奈良と東京は言語学上の特異地帯だった!
▶奥吉野弁と源義経と西の高校生探偵の関係は?
▶秘密は神武天皇(初代天皇)にまで遡る!
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大和ことばとガラパゴスで西の高校生探偵!