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料理を通じて人と向き合うことから学んだ仕事観|深掘りニスト

このnoteは、中小企業の社長さんに仕事への想いや仕事を始めたルーツを深掘りインタビューするnoteです。

概要

長野県千曲市で無農薬の野菜を栽培しながら、食の総合プロデュースを手掛けるアトリエ・ド・倉科代表の伊藤穣さん。元々は、銀座のオーナーシェフとして店を構えていたフレンチシェフが、長野に移住したのはあの流行病がきっかけでした。店の存続とこれからの食にまつわる市場に自分がどのように貢献できるかを考えた末の決断でした。

シェフを目指したきっかけ

ーーー伊藤さんとは、お仕事でご一緒させていただいておりますが、とにかく仕事には温度感高く取り組む方だなぁという印象があります。グイグイ前に進んでいくような兄貴分と言いますか。
そもそも、なぜシェフを目指そうと思われたのですか?

伊藤氏:最初から料理人を目指そうとは思っていなかったんですよ。それよりも、自分の”もてなし”みたいなもので人を喜ばせることが好きだったんです。だから、喜ばせるツールは実は何でも良かった。それでも料理を選択したのは、子供の頃、休日に家族のために焼きそばやチャーハンなんか作ると家族が喜んでくれたという経験があったからです。

ーーーフレンチ料理を目指すきっかけになった出来事はありますか?

伊藤氏:高3の時、進路を選ばないといけないじゃないですか。そこで、自然と料理の専門学校を選んだのですが、そこで目にした高い帽子のシェフに憧れたからです(笑)。というのはきっかけの話。少し真面目な話をすると、専門学校卒業後に母の勧めで別の料理の専門学校に進みフレンチを選択しました。この学校で、フランス現地のレストランでの研修を経験することになります。私は幸いなことに、本場フランスの2つ星レストランで修行させてもらい、そこでフレンチの奥深さ、面白さにのめり込んでいきました。

ーーー本場のフレンチに触れて、そこから本格的に料理に対して興味を持たれていったのですね。帰国されてからは業界で有名な3つのフレンチレストランで修行をされたと伺いました。その後、オーナーシェフになられたのですか?

伊藤氏:帰国後はがむしゃらに修行した期間でしたね。3店舗のフレンチのお店の後、銀座でシェフを始めたのは「銀座でレストランをしたいから」と声をかけてくださった方がいたからなんです。そこでは、雇われのシェフとして厨房に立っていました。この頃の経験が、のちの仕事観に大きく影響しています。

仕事観の土台になった銀座レストラン1年目の経験

仕事観の基礎を築いた銀座フレンチ「ル・コフレ」

ーーー初めてお店の顔として厨房に立たれた時期ですね。仕事観に影響したご経験とは?

伊藤氏:銀座の店舗での1年目のビビりの経験が、今の自分の視野を作ってくれたと思っています。
というのも、銀座はご存知の通り、富裕層の方々が多くいらっしゃる街です。例外なく、私が勤めたレストランにも政治家、大手企業の社長や会長、プロ野球選手などがいらっしゃいました。もちろん、食に対して造詣も深く「3つ星レストラン〇〇のシェフとは知り合いなんだ」なんて話はしょっちゅう。これにビビったんですよね。プレッシャーというか。こんな人たちに一体何を提供すればいいのか?なんてね。本来、出せる力はあったはずなのに。この頃に、自分と料理にすごく向き合いました。深く深く向き合って、出た答えがあるのです。

ーーー自分自身と料理と向き合った結果の答えが仕事観に通じているのですね。

伊藤氏:はい。それは、自分ではなくて相手を見ればいいのだということです。料理に対して深く掘り下げたところで、それはただのマニアです。そうではなく、視野を外に向けて店舗ではお客様を見ればいい。お客様の肩書き云々は関係ないのです。ただ、一人の人として、その人がどのような味の好みを持っているのか、それをただひたすらに観察して、分析することにしたのです。来店されるすべてのお客様お一人お一人に対して、です。ディナーは料理をメインにしたい方かワインを主役にしたい方か、お料理の一口目の反応はどうか、来店頻度はどうか。こうやってお一人お一人とよく向き合うことで、個別のヒットを探ったのです。そうすることで、目の前の方に喜んでもらえる料理を提供できるようになっていきました。ありがたいことに、そこから売上も上向きになっていきました。

ーーー自分や料理を見るのではなく、常にお客様を見て、そのニーズに応えていくという結論に至ったのですね。

伊藤氏:そうです。ですので、今でも大切にしている「お客様に一歩だけ寄り添う」という考え方はここからきているのです。例えば、濃厚な味付けが好きな方でも疲れている時などはさっぱりしたものを食べたくなる。なので、その時々のお客様の状況に一歩寄り添い、そしてニーズに応えていくのです。

オーナーシェフとして独立

同じ料理でも組み合わせと見せ方を変えれば別の顔に

ーーー銀座でシェフを経験されたのちに、オーナーシェフになられたのですか?

伊藤氏:そうです。銀座で雇ってくれていたオーナーから店を買取りオーナーシェフになりました。本当は、オーナーが変わるとお客様の足が遠のいてしまうのでは?という懸念があったのですが、ありがたいことに「伊藤さんがオーナーになるなら」と言って応援してくださるお客様の方が多かった。おかげさまで2号店もオープンすることができました。

ーーー2号店といえば、トリュフのラーメンですね。このラーメン誕生のきっかけをお伺いしたいです。

伊藤氏:トリュフのラーメンは、“見せ方を変える”という視点を持つことで誕生しました。ラーメンはみなさんよく知っている料理ですね。そこにフレンチのアレンジを加えて見せ方を変えたのです。具体的には、麺へのこだわり、スープへのこだわり、そしてトッピングへのこだわり。麺は中華麺でよく使われる小麦粉とパスタなどの麺に使われるセモリナ粉を合わせた独自麺を開発しました。スープはフレンチでもよく使われる鶏の出し汁。そして、トッピングにはトリュフです。ラーメンという身近な料理をフレンチとして見せ方を変えることで、結果的に6~7つのメディアに取り上げていただきました。たった6卓しかないお店に70名ほどの行列ができた時もありましたね。

ーーーお店のコンセプトはどのようなものだったのでしょうか。

伊藤氏:正直な料理を提供すること、です。当時は、産地偽装など食について消費者が不安になるような事件が多くあった時期でした。そこで、私自身が長野で農薬を使わない野菜を育て、その野菜を活用しながら自分さえ嘘をつかなければ安心で美味しい料理を提供できる、そんなコンセプトでお店を始めました。
少し余談ですが、野菜って料理と同じなんですよ。野菜は土のミネラルで育つ。ということは、料理の味付けと同じで美味しい土壌であれば美味しい野菜が育つのです。美味しい土壌というのはつまり、野菜が美味しいと感じてくれる堆肥の掛け算ですね。調味料の配合のような。

長野移住の決断

移住前には、平日はお店を休日は野菜の栽培を行っていたとか

ーーー野菜の栽培が料理と同じだなんてシェフならではの視点ですね。結果的に長野に移住し、銀座フレンチのオーナーシェフから食の総合プロデューサーになったのは何がきっかけだったのでしょうか。

伊藤氏:直接的な原因はコロナによってお店の経営がままならなくなったことでした。今思い返すと、その決断は結果的に経営的な面以上に良かったことだと感じています。というのも、時代が変化してきた中では私自身が社会に対して提供できることが料理を提供することだけではないという事に気づけたからです。例えば、若い人たちは創造性や行動力、柔軟性が十分だと思います。一方で、私のような30年近くも食の道を進んできた人間は経験が十分にあります。下積みも雇われもオーナーも経験していますしね。若い人も経験者もそれぞれの良さがある。ということは、若い人たちがお店を持ちたいと思った時に、私が厨房に立たずともその人たちを支援できるということに気づいたのです。

今の活動、これからの活動

ーーー料理人としてではなく、外から支援できるという事に気づかれたのですね。現在は、そのようなお店のプロデュースをされるお仕事をされているのでしょうか?

伊藤氏:そうです。直近ですと、銀座でレストランを開業したい方の支援をさせていただいています。そのオーナーの実現したい店舗を実現すべく、レシピ開発はもちろんオペレーションに関しても、プロデュースしています。
私の強みは現場上がりだということ。だからこそ、現場視点でプロデュースができるのです。例えば、レストラン開業には様々な専門家の力が必要です。行政とのやりとりも必要です。その時に、現場の代表としてオーナーが主体的に動けるように支援をする。専門家に言われたから、ではなくて自分発信で専門家に動いてもらえるようにする、ということです。

ーーー長く現場を経験してきたからこその塩梅や勝手を熟知しているという点で、伊藤さんにお願いするとオーナーも心強いですね。その他にはどのようなお仕事をされているのでしょうか。

伊藤氏:私の畑で作った野菜を活用した料理の提供を行っています。ありがたいことに、私の料理を長年ご愛顧いただいているお客様がいらっしゃり定期的にお送りしています。料理はやはりお客様お一人お一人の顔を思い浮かべながら作るものを考えているのですよ。例えば、一人暮らしの方であれば家庭的な料理が良いかなとか、ご家族で料理をされる方がいらっしゃるならば家庭では作らないようなワイン煮込みなんかがいいかな、とか。あくまで、主体はお客様なのです。

ーーーこれからどのような方に貢献していきたいでしょうか。

伊藤氏:自分を必要としてくれる人は誰でも。食に関わることはNOとは言いません。そもそも料理人はエンターテイナー。いくら事前に準備していたって、エラーは必ず起こるのです。お客様が遅れて来店されたり、食べられない食材があったり、思わぬリクエストがあったり。そのエラーをどのように自分で解決するかが仕事の姿勢なのだと思います。そのためには、周りを見る視点も自分の余裕も必要ですよね。料理を提供するのもサービスを提供するのも相手は人なのです。だからこそ、これからも目の前の方、私を必要としてくれている方に向き合い、仕事に取り組んでいきます。

食の総合プロデューサー 伊藤氏

○プロフィール
アトリエ・ド・倉科代表、伊藤穣(いとう じょう)
長野を拠点として、食の商品開発、飲食店コンサルティング、出張シェフ等を行う。銀座フレンチのオーナーシェフを含めた30年余りの食の経験を生かした現場視点のプロデュースに依頼が絶えない。

○インタビュアー
深掘りニスト 飯野真里子(いいの まりこ)
傾聴と深掘りで、自分では気がついていない自分の魅力、あるいは商品やサービス、企業の魅力を引き出すことが得意。

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