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閑話休題「田んぼの横で魚獲り」
私が生まれ育った兵庫県の北部地域では、田植えは5月の初旬に行われます。
だいたいゴールデンウィークの頃に田植えをするのですが、そのあたりから徐々に雨の季節に向かっていき、植えられた稲がどんどん大きくなっていくのを横目に見ながら学校へ通ったものです。
私が子供だった昭和40年代という時代は、都会と田舎の農村との環境格差というのはかなり激しいモノがありまして、オーバーかもしれませんが今の日本人がパプアニューギニアあたりの山奥に行って感じるくらいの格差があったのではないでしょうか。
当時都会では普通にあった水洗便所などは勿論ありませんし、多くの地域は鉄道も走っていません。
スーパーマーケットなるものは存在すらしていませんでしたから、魚が欲しければ行商の方が干物を売りに来るのを待つか、遠方の魚屋さんまで買い出しに行く必要がありました。
そんな環境ですから、新鮮な魚が欲しければ目の前を流れている川に獲りに行くのが誰もがやっている普通の行動でした。
今では川魚を食べる習慣が色濃く残る地域はどんどん消滅していっていると思うのですが、これは流通が発達し、車が各家庭に行き渡りスーパーマーケットで新鮮な海の魚が手に入るようになった現在仕方の無いことなのかもしれませんね。
話しを戻しますが、田植えが行われる時期になると、川から田んぼに水を引く必要があります。
今ではコンクリートで固められた水路が整備されていますが、私が子供の頃は村人手作りの水路が田んぼのある場所まで張り巡らされていまして、その水路を伝ってフナやナマズが産卵をしに田んぼまで入り込んできます。
そこを狙って獲りに行くわけですが、魚たちは雨が降った後の夜に多くやってくるので、この時ばかりは大人も一緒にタモ網を持って出かけていきます。
水路自体は幅が50センチもあれば広いくらいのものですから、一人が網を水路に沈め、一人がそこに向かって水路の中をバシャバシャと歩き魚を網に追い込みます。
ダメなときは全くダメなのですが、うまく魚の群れに出くわしたときには立派なサイズのフナやナマズが大漁となります。
これを自宅に持ち帰り、食べきれない分は生け簀に放してキープしながら日々の生活のタンパク源としていました。
この時に獲れる魚は、例外なく卵をお腹に抱えているので汁物にしても焼き物にしてもご馳走感があって大人も子供も大喜びでした。
大人になり、そして歳を取り、雨の季節がやってくると必ず思い出す私の田舎の原風景です。
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