幸福否定の研究-18【幸福否定の治療-2(笠原氏の心理療法を追試)】
*この記事は、2012年~2013年にウェブスペース En-sophに掲載された記事の転載です。
【幸福否定の研究とは?】
勉強するために机に向かおうとすると、掃除などの他の事をしたくなったり、娯楽に耽りたくなる。自分の進歩に関係する事は、実行することが難しく、“時間潰し”は何時間でも苦もなくできてしまう。自らを“幸福にしよう”、"進歩、成長させよう”と思う反面、“幸福”や“進歩”から遠ざける行動をとってしまう、人間の心のしくみに関する研究。心理療法家、超心理学者の笠原敏雄が提唱している。
前回は笠原氏の心理療法について紹介しましたが、今回は私自身の追試結果を書きたいと思います。本来ならばもう少し症例が増えてから発表したいところなのですが、「治療法として効果があるのか?」や、「幸福否定という理論の根幹とされる部分は本当に正しいのか?」については確認ができましたので、そこを重視して記述します。
「確認できた」のは、具体的には以下のような点です。
①直前の出来事が原因になっているか?
②原因の記憶が消えているか?
③原因となっていることは、幸福に関係することか?
④感情の演技で根本的な人格の変化が起こるか?
⑤抵抗に直面することで、心因性疾患の根本的な改善が起こるか?
私が追試をはじめて6年が経ちます。最初の数年は、1~3人からはじめましたが、2009年からは10人弱の人数で推移しています。内訳は以下のようなものです。
・1回以上…約50名弱(内容を理解せずに来院した方、身内の方が無理に連れてきたケースも含む)
・その後、最初の好転の否定(約半年)まで…約15人
・さらに好転の否定を乗り越えて続けている患者さん(1年~4年)…7名(半年~1年半未満の患者さんを入れると約10人)
・1年続けたが、効果がわからなかった患者さん…1名
・がん患者…別記4名
* 続いている6名の内容(プライバシー保護のため、若干改変)
・パニック障害…1年半で良くなり、その後はパニック発作は出ていない。心理療法開始時は、アルバイトも休んでばかりいたが、その後、無事就職。4年経っているが、再発なし。現在、自由時間の使い方の問題で来院。
・アルコールの問題…25年近く、アルコールを毎日飲んでいたが、心理療法を開始して2年経ち、飲まない日が増えてきた。(8月までで、合計50日近く飲んでいない)その他、体力面の改善が見られ、また精神的にも落ち込んだり、感情的になることも少なくなってきている。
自立に関する問題…20年以上働いていなかったが、心理療法をはじめて3年近くが経過し、パートをはじめ、2年以上続いている。
・うつ病…休職中に心理療法をはじめ、すぐに仕事復帰をしたが、根本的な問題(主に家庭)が解決していないので、仕事をしながら治療中。仕事が忙しく、体調は不安定だが、気落ち程度で、休職やうつの再発はない。
・統合失調症…来院して5年。東洋医学による施術を2年、心理療法3年。症状は、詳しくは書けないが、かなりの改善が見られる。しかし、未だ社会に出るまでには至っていない。(本人が自宅で感情の演技をやらないため、時間がかかっている)
・原因不明のだるさ…頭が働かない。本人は“生きていても仕方がない”というほど深刻。約1年で改善。その後、人間関係の問題で継続。(東京に転勤になったため、引き継ぎ)
・失調感情障害…医師の診断によると、統合失調と鬱病が混在する病気。現在1年経過し、詳しくは書けないが確実に安定する方向へ向かっている。
*1年未満での解決
・練習ができない(空手家)…急に朝の練習ができなくなった。新しい靴が届いた日から、朝起きられなくなったことがわかり、基礎練習や下半身の重要性をさぐっている段階で、練習ができるようになった。
・社内での指導…部下にうまく説明できない。説明をする段階になると、頭の中で考えがまとまらなくなってしまう。約3か月で好転がはじまり、半年で解決。ついでに、パチンコ癖も改善した。(当初より、小遣いの範囲内でやっていたが、更に行く回数が少なくなった)
・盗癖…盗癖の改善までは確認していないが、半年弱で、なかなか前向きになれなかった就職活動に取り組めるようになり、就職した。
・人間関係(女性)…女性同士のお喋りが苦手。半年過ぎ頃から、本人もお喋りに加わるようになったが、その点がはっきりしてくると、”気持ち悪い”と心理療法を中断してしまった。
以上のような結果が出ています。
「直前の出来事を探る」また、「感情の演技を行う事」を通して、「抵抗」に直面する事を治療の柱とします。
①直前の出来事が原因になっているか?
②原因の記憶が消えているか?
時間の都合や、患者が嫌がり、追い切れないケースもあるが、症状出現の直前の記憶を探り当てる事に成功した場合、症状の軽減が認められた。また、記憶が消えている事も確認できた。
最初に患者が“原因”として話す事は、記憶が消えていないので本当の原因ではない。患者が自分で思い込んでいる原因の話をしているときには、症状の変化は確認できず、矛盾点を考えながら原因に近づくと一時的に症状が強くなり、更に追い続けると症状の軽減、消失が確認できた。(注2)がんを除く。
③原因となっていることは、幸福に関係することか?
追試当初は、幸福否定の症状がすべてに当てはまるかが疑問であったが、心因性疾患に関しては、現在の追試結果では妥当であると判断している。但し、がんなどの、心が関係した結果として身体症状が出る疾患に関しては、同じメカニズムなのかどうかがわからない。(注3)
④感情の演技で根本的な人格の変化が起こるか?
根本的な人格の変化も確認できている(必要以上に神経質な性格の改善、他者との比較が少なくなる、など)。ただ、俗に言う“良い人”になるという感じではない。長期的には相手のためにならないこと、おせっかいや余計な気遣いはしなくなる傾向がある。
⑤抵抗に直面することで、心因性疾患の根本的な改善が起こるか?
心理療法が続いている限り、好転と否定を繰り返しながら、症状は改善している。
以上のように、追試の結果、笠原氏の心理療法は有効であり、他の心理療法と違って根本改善、治癒に繋がるものであることを確認しています。また、幸福否定の理論そのものについても、寿命に関係する疾患についてはまだ結論を出せませんが、他の心因性疾患については妥当であると考えます。
継続の困難さについてですが、追試をはじめた当初、私は1人も続かないのではないか?と思っていました。しかし、意外にも約3割の患者が半年継続し、2割弱程の患者が、その先も積極的に続けています。難易度を考えると、他の心理療法と比べても極端に継続が難しいものとは言えないでしょう。
次回の更新では、さらに詳細の部分、心理療法の経過に伴って起こる好転の否定について書きたいと思います。
注1:
がん患者については、今のところ4名が東洋医学の施術に加え、心理療法を行っています。2名が効果が出てくる前に亡くなり、1名は1年続き、心理面での改善は確認できましたが、がんの進行が止まるまでには至りませんでした。1名は、心理療法をやったり中断したりですが、もともとがん患者の性格的な特徴を持っていない方で、がんが縮小しています。心理療法をはじめてから、がんの縮小がはじまりましたが、効果が出るのが早すぎるので、心理療法の効果が出始めたというよりは、本人が積極的になった事のほうが、がんの縮小に関係している可能性が高いと言えます。
注2:
がんに関しては、がんの進行と症状の悪化が必ずしも一致しません。亡くなる直前まで無症状のケースも多くあります。症状が無いこと(無自覚)が、一番の症状という形になるので、無症状の状態がいつからはじまったかの特定は不可能なのです。また、苦痛を伴う症状も薬の副作用である場合が多いので、原因の追及が難しいという点があります。食欲減退や痩せてくるなどの症状は、「直前」を特定するのが困難であり、骨転移などにより、痛みが出始めてからもモルヒネやアヘン系の麻薬で押さえてしまうので、これも「直前の出来事を探る」のが難しいのです。
注3:
幸福否定の他に、寿命という可能性もあります。退職した途端にがんになる、配偶者が亡くなった途端にがんになる、など心因が考えられる事も多く、また性格や行動パターンも予後に関係するので、間違いなく心の働きは関係しているのですが、精神疾患の場合は、自殺を除けばどれだけ悪化しても命を失うことがないのに対し、がんは亡くなってしまうという大きな違いがあります。脳卒中、心臓発作なども心因が関係している可能性もありますが、一度の発作で亡くなってしまう事が多く、仮に一命を取り留めても、心理慮法には来ないので、そもそも発作と心理的な原因が関係しているのかを調べることができません。この部分に関しては、現段階では観察のみで結論を出すまでには至っていません。
文:ファミリー矯正院 心理療法室/ 渡辺 俊介