新神戸駅の向こう、緑の先、神戸。
3月、花冷えの朝、人生初の神戸に行った。
わたしは九州に住んでいる。
だから、神戸は遠くない、寧ろ、ちょっと近い。
新幹線で行けばすぐだ。
でも、神戸とわたしとの距離は遠かった。
九州から新幹線で国内旅行といえば、京都、大阪、奈良へ。途中、新幹線で真っ暗闇の新神戸周辺。かろうじて見える、新神戸駅の緑の葉。
広島、岡山、四国へ行った際は、神戸まで辿り着く前に、さっさと新幹線を降りた。
東京行きの飛行機の中では
神戸を通り過ぎたことも分からない。
それ以前は、海外旅行に費やす時間とお金が大事だったから…見向きもしなかった。
そう、ずっとずっと頭の隅にあるけど
無視していた街、神戸。
新神戸の駅の、新幹線の窓から見えるあの緑の先にある遠い街、神戸。
そんなあるとき、突然わたしに『神戸チャンス』が巡ってきた。わたしの好きなアーティストが来日し、神戸ワールド記念ホールでライブをする、それも、西日本では神戸だけ。
わたしは、いよいよ神戸が無視できなくなった。
ついに、行くことにした。
あれだけ遠く感じた神戸は、やはり距離と時間にすると近かった。
3月の終わり、早朝なのに満席アナウンスに沸くにぎやかな新幹線で、すぐに神戸に着いた。
わたしの想像する新神戸駅は、金沢駅や京都駅ように、モダンな大都会の一部としてぐんとそびえ立っていた。でも実際降りてみると、こじんまりとしている小さな駅だった。
拍子抜けしたわたしは、観光案内所で目的までの道を尋ねる前に「ここ(この場所)は中二階ですか?それとも二階ですか?」などとどうでもいい質問してしまった。
わたしはなんだか、いま自分がいる場所が知りたかった、知っておきたかったのだ。
結果、そこは二階だった。
早速、その二階から一階へ降りて、竹中大工道具館へ向かった。
見たこともない大工道具の展示の数々。わたしは建築関係者ではないし、我が家はこだわりのない鉄筋コンクリート製。だが、大工の仕事案内や、道具展示を夢中で見つめた。何よりもここで、静かに木のぬくもりとか職人さんの思いとかを感じれた気がした。
そんな胸いっぱいの気持ちのまま、繁華街三宮へ向かいながら、桜咲く生田川添いを散歩した。
ふと振り返ると、奥に新神戸駅が、山沿いの中にひょこっと顔を出していた。
「そうか、だから新神戸あたりは、トンネルだらけだったんだ。緑が多そうに見えたんだ。」地形は実際見てみないと分からないものだ。
そんなことを感じながら、三宮でランチを済ませ、神戸県立美術館に向かった。そこからは海も見えた。どうやら神戸は、海と山とに挟まれるような土地のようだ。
神戸県立美術館へは歩道橋を登り降りする必要があったのだが、わたしは足を動かしながら「これは80歳になったら、なかなかきつい旅行になるな…今のうちに来てよかった〜!」と思った。
80歳になっても旅行をしようと思っていて、今から約40年も先の旅行のことを心配している。わたしはなんと強欲で心配性な生き物なのだろう。
安藤忠雄さんが、自身が自然に淘汰されるまで闘い抜くことを誓って見出したコンクリートの建築は、やはり圧巻だった。美しかった。直島のあれとも似ていたが、こっちは完全に街の中、人々の生活の中にあった。
天井が高いのが大好きだ。いっぱい深呼吸しても苦しくない。呼吸で満たされすぎて、苦しくなることもない。
わたしはただ、1時間ほど静かにコンクリート群を見ていた。
そろそろ展示でもみるか、と、常設展示のチケットを購入しようとした際、窓口の方に企画展示(恐竜展)の料金込みで2,000円くらいを提示されてびっくりした。
一瞬、常設展示にこの金額とは…(神戸すげえ強気やな、さすが大都会!)と自分を納得させようとしたが、それは間違いであった。
ここまで書くと、何とまあアートな女かとお思いだろうが、次にわたしはこの旅のハイライトに予定していた、デパ地下スイーツでおなじみ、ケーニスクローネのカフェに向かった。
語彙が突然乏しくなって申し訳ないが、
「ケーニスクローネのカフェに、ずっと行きたかったんです♡♡」
事前にGoogle map の口コミで、席の取り方、注文の仕方を確認し、さらには混み合う時間帯について、質問をしたほどである。 みなさん、わたしの熱意が伝わるだろうか。
ということで、マダム達や女子会で賑わう中に、女一人あっまいケーキとコーヒーを頂いた。
これが最高の時間だった。
誰もわたしのことを気にしてないし、わたしも誰も気にしていない。知ろうともしない、知り得ない。
ああ、この都会の波に浮かんでいたい。
いやダメだ、わたしはライブにここにきたのだ。
気がつけば、友達との待ち合わせ時間の直前だった、ライブは友達と合流して向かう予定なのだ。
時間ギリギリになってしまい、息を切らしながら友達と胸いっぱいで向かったライブで、押し寄せる気持ちや感情とか涙で、わたしは最後の曲で、窒息しそうになった。
ああ、神戸に来てよかった…
ライブのあとは友達と、ここに書くまでもない普通の夕飯をとった。小さなお店が多くて、こじんまりしてて、終始ワクワクして、ずっと笑っていた。アートな時間ばかり過ごしたせいなのか、深夜の雨に照らされた道路が美しく見えた。
翌日は雨の中、友達が行きたいと言った横尾忠則現代美術館に向かった。わたし個人は正直、この手の絵と色彩感覚がすごく苦手なのだけど。(すみません)
でも、勇気を出して付き添ってみることにした、結果、わたしは完全にやられてしまった。
横尾忠則さんの作品が、色が出血し、わたしの脳にまで流れてくるようで、苦しかった。ずっと見ているといよいよ筋肉まで弛緩していきそうだった。
窓のある展示の部屋で、外だけを見て落ち着こうとするしかなかった。
たった2日間だったが、たくさんの感情が波打ったわたしのこころと体は、もうくたくただったのかもしれない。
帰りの新幹線に体を揺さぶられ、わたしはすぐに眠った。
すごい速さで、わたしの体が、神戸から離されていく。
新神戸駅の、緑の向こう側に隠されていた、秘密の街、神戸から、現実世界に降ろされた。
何も変らない毎日が、また繰り返される。
でも、わたしと神戸の距離は、近くなった。