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戦略的モラトリアム⑬

その日は予備校に寄らず、家路に着いた。一人、部屋でボーッとしていた僕はいつものように何か考え事をするわけでもなく、ただそこにあった。

「日付が変わって、○日のニュースです。」

「……。」

ガタッ。

サーッ。

ピー。

……。

風呂にでも入ろうと、深夜、僕は家族が寝静まったのを耳で確認してから、風呂場へと向かった。バイトは念のため、二日間の休みをもらったので今日は夜更かししても大丈夫だ。いつものぬるい風呂に猶予う僕はユラユラ……。

二〇分ぐらい浸かっていただろうか。もう少し猶予う僕はユラユラ……。

体中ふやけたのではないかと感じられるぐらいの長湯……。ぬるい風呂なので風邪でもひかないか心配だ。
さあ、夢の世界からようやく戻った僕はやっと客観的に自分を考えられるようになったので、深夜の反省会をしようと、さっさと風呂を上がり、冷蔵庫の清涼飲料水を持って部屋に向かった。
まず考えなければならないのは、たかが試験をひとつ受けただけで、こんなに疲弊してしまったのかってことだ。いや、疲弊だけならまだしも、しばらくの間、ボーッと何も考えられなくなってしまったってこと。確かに普段の模試やテストと違って、自分の将来に関係あった試験であったことは間違いない。いや、今の生活にも関係あった試験だろう。その意味ではここ数年で一番大切且つ、重要な試験であったことはいまさら再確認するまでもない事実である。でも、そうであるにしても、やりきったじゃないか。僕は今、後悔も何もない。本来ならば達成感に満たされるべき状況じゃん。じゃあ、何でこんなにも空しいのだろう。

……?

「空しい?」

この空っぽの空間がなぜ僕の胸に持ち込まれたかってこと、それこそが問題だ。僕は今までこの試験をベースの半分として、生活してきたつもり。少なくともこの三ヶ月足らずの間、いろんなことはあったけど、それなりの充実感はあったし、うまくいってたと思うんだ。そんでもって、今、そのベースの半分が達成(?)されたって訳なんだけど……。つまり、後は大学入試一辺倒に勉強してればいいってわけさ。大検の合否はおいといてね。
うーんどう考えても順調そのもの。大検の合否がしばらくしないと分からないのは嫌だけれども、それだって落ちてるわけないよ、きっと。だって勉強したし、しっかり思い返してみれば、分からない問題なんてなかったからさ。
でもね、なぜか取れないこの胸の空白はどうしても僕に充足感や安心感が入り込む余地を与えてくれそうにないんだよ、困ったことに。
僕はこの胸の空白としばしの間付き合わなくっちゃならない。これがこれからの日常生活にどんな変化をもたらすかなんて分からないけど、とにかく今は明日のことで頭をいっぱいにすることが、胸の空白に対しての精一杯の対抗策であろう。
さあ、勉強、勉強。

その日は深夜三時三〇分という、どこか懐かしい時間に床についた。

そして、この精神状態が大検合格後も結構長く続くことになる。

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fal-cipal(ファルシパル)
福島県のどこかに住んでいます。 震災後、幾多の出会いと別れを繰り返しながら何とか生きています。最近、震災直後のことを文字として残しておこうと考えました。あのとき決して報道されることのなかった真実の出来事を。 愛読書《about a boy》