震災クロニクル3/17(28)
朝方、やたら早く目が覚めた。そう長くは眠っていない。とりあえず連泊でも10時から午後3時までは清掃のためホテルには入れない。階段の踊り場にあるとても小さな雑談所に数人のおじさんたちが雑談をしていた。目が合うと軽い会釈を交わし、自分もそこに腰を下ろした。
「お兄さん名前なんて言うの?見ない顔だね」
長身で60代ぐらいの男が笑顔で自分に話しかけた。どうやらここにいる人たちは長期滞在らしい。
「俺は宇田川っていうんだ。1年くらいここに住んでる」
自分も正直に言わねばなるまい。そこまで悪い人ではなさそうだ。
福島から避難してきたことを正直に話した。嫌がられるかな。
「そうなの!それは大変だったね。ゆっくりしていきな。ここは安いから」
「いえ、東京に避難所が拡充されてきたら、そちらに移ろうと思います。そんなに持ち合わせありませんし」
苦笑いをしてそう答えた。
同じ雑談所に居合わせた人たちから沢山の励ましをもらい、少し仲良くなった。
どうしてだろう。福島で会った人たちよりもこっちの方がよっぽど人情深い。学生のとき、「東京は情が薄いから田舎の方がいいよ」なんて親戚に言われてたっけな。どっちがだよ。結局のところ田舎発信の質の悪いステレオタイプなんてこういったときにメッキが剥がれるものだ。
同僚が起きてきた。彼もここで一休み。タバコを吸う彼は一服している。同じ避難をしてきたことをそこにいた人たちに話す。小一時間くらい震災の時の話に花を咲かせて、僕らはちょっとした芸能人になった気分だった。朝食をご馳走になり、チェックアウトの時間が迫ってきた。もちろん連泊だ。
受付で手続きを済ませ、ロッカーに荷物を入れると、僕ら二人は街に繰り出した。都会の喧騒も自分たちには新鮮で、どこか違う世界に飛ばされたという意識は昨日から変わっていない。街角では学生による震災の募金活動は至る所で行われていた。駅前のLawsonに立ち寄ると、店内を見て愕然。
福島のそれを変わらないようにほとんどの食べ物と水、お茶が買い占められたのか店内はがらんどうの棚が並んでいた。ほとんど買うものが無い。
これが震災の影響なのか。東京でも買い占めが起こっていて品薄状態が新宿でも続いていた。ガソリンスタンドもリッター制限。車が道路に数台の列をなしている。
スマホを見るとwebで福島県のガソリンスタンド情報が一覧で見れるサイトが立ち上がっている。
〇×△で学ガソリンスタンドの状況をつぶさに伝えている。userの書き込みが可能のようだ。しかし、〇のところはほとんどない。△の給油制限・短時間営業か×の営業していないのどちらかである。
では、僕らが見ているこの光景は一体何だ。
東京でも同じことが起こっている。不安感が人々の行動パターンを操作しているようだ。本当に恐ろしいことだ。ここに実際の危機はない。しかし、連日伝えられる東北の様子、とりわけ福島の様子はここに住む人々の不安を必要以上に煽った。その結果がこれである。東京でも品不足。ガソリン不足。
本当にいい商売だよ。僕らはあきれがちに区役所に向かった。
福島県のどこかに住んでいます。 震災後、幾多の出会いと別れを繰り返しながら何とか生きています。最近、震災直後のことを文字として残しておこうと考えました。あのとき決して報道されることのなかった真実の出来事を。 愛読書《about a boy》