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集客やばいから来て!
夜20時、部屋着から普段着に着替える主人。
「ちょっと推しちゃんに呼ばれたから行ってくる」
「は? どこに?」
「渋谷だ」
「なに、集客やばいの?」
「トリなのに予約全然らしい。もしかしたら0人かもしれない」
「どんだけ。何時から?」
「20時35分だ。30分で行けるの俺しかいない」
チケ代3400円の対バンライブ。ドリンク代合わせたら4000円。
私も今日はバレンタインチョコを買うために渋谷に行った。主人の推しちゃんが渋谷でライブすることは知っていたけど、ついでに寄れるほど安くないと思ったので行かなかった。
「もうそれやる意味なくない? トリなんだったらもうちょっと集客頑張れよって感じ。勝手にオタクが来ると思っていつまで甘えてんだよ」
地下アイドルとオタクのこのやり取りはもはや日常である。
アイドル側は虚しくならないのだろうかと思う。
「あんた嫁が優しくてよかったね。普通はこんな時間に他の女に会いにいくなんて許されないよ」
「あんたも旦那が優しくてよかったな。チャラ男のうちわにチャラ男の推しぬいにチャラ男の小説作ってそれを旦那に売らせるんだから。なんか言ってみろ」
「はい」
我が家はちょっと変わった夫婦関係である。
お互いに推しがいる。そして推しに夢中。
部屋のあちこちに周平くんがいるし、主人の推しちゃんもいるし、それをお互いに許容している。
「行きたくねぇけど、仕方ない。まぁ1時間くらいで帰ってくるよ。じゃあな」
「じゃあねー」
急いで部屋を出ていく主人。
主人にとっての推し活は、ライブに行ってチェキを取って、推しちゃんと話したりオタクと関わることだ。
なんだかんだ言いながら、こうやって推しちゃんに呼ばれることを楽しんでいるのかもしれない。
わたしにとっての推し活は、周平くんの動画を見たり写真を集めたり、うちわを作ったり、推しぬいを作って持ち歩いたり、周平くんのコミュニティを作って話しかけたり、ライブは行けるときに行くけど、行っても基本話さない。
そして今度は周平くんの小説を作って文学フリマで販売する。
多分、心地良いと感じる距離感が違う。
推し活の形は人それぞれだ。
推される側の人は、どっちが嬉しいのだろう。
推しのいる人は、夜に
「集客やばいから来て」
と言われたら行きますか?
わたしは、「ダセェな」って思って他界します。