愛するということ (エーリッヒ フロム 1956年)を読んでの感想と考えの文 4
※(本文から)
△ナルシシズムの対極は、客観力であると。
ナルシスト傾向が強い人は、自分の内にあるものだけを 現実(絶対)とすると、フロム氏。(私見で、内とは経験と感情と考える)
そして客観力とは、人や物事をありのままに見て(聞いて)、その客観的イメージを、自分の欲望と感情で作り上げたイメージと を区別する能力であると。
・私見で その通りと思いますし、あとナルシシズム強めの人でも、自分でナルシスト傾向ありと自覚できる者は、自覚できない者と比べて ある程度以上は客観性が生まれ、自覚できない者と比べ 、行為に差が出てくると考えられます。(カオス理論で、そのことのカラクリが分かれば そのことによる影響を余り受けない。があり客観的になれる もの があると考えます)
あと もちろん、知識(教養)と経験値がいりますが。
・それから こういうことは、仕事で成功した しないは関係ないと、 はっきり言いたいと思います。(仕事で成功したから、何でも能力高いと考えては いけない)
・あと、ナルシスト傾向の特徴に 自分にできることは、他人も出来るはず、または他人もすべき 、と考えるがあるそうです。(強者の理論の人に多い)
△フロム氏 談、世の中の人間関係も、このナルシシズムにより 多くが歪められていると。
そして客観的に考えるとは、理性を働かせることと、理性の基礎の感情は 謙虚さであると、説いています。
(素晴らしい考えと思います、そして無知の知を知れ的 とも、考えられます)
△フロム氏、愛には信念がいると、(フロム氏の信念は創りあげるもの らしい)
信念には、まずビジョンがいると、そして大勢が言っている、または権威ある者が言っているは関係ないと。
そして信じ続けるものと。
かといって、意見を変えてはいけないと いうことではないと。(時と場合 的かな?)
△自分を信じている者だけが、他人に対して誠実になれる、約束も守れると。
自分を信じる者(信念を持つ)は、生きることの条件であると。
(私見で たぶん、大なり小なり)
※前記のことで私見では、全くその通りだと思います、そして客観力と感受性のない者が自分勝手に信念を持つと、争いの元です、(フロム氏もそう言うと思いますが)
・そして、人の自信を奪う者(サイコパシー・ナルシシズムの強めの者、毒親・極端な新興宗教・反社会的組織・ある種の金融関係者)は人間の皮を被った獣に近いと いえるでしょう。
(前記の人達は、認知的合理化をして 自分を良い人間と思っていますが)
△フロム氏、理にかなった信念とは、自分や他人、人類全体の可能性を信じることと。
(素晴らしい考え、公共的でもあります)
そして、根拠のない(おかしな)信念というのは 他の権力(権威)に服従し、自分で考えることを放棄していることであると。
(正にその通りです、フロム先生)
△何かの既存の権力(権威)を信じる(盲信)は、人間の可能性や成長を知らない為、的ことをフロム氏書かれています。(素晴らしい考え)
△勇気とは、苦痛や失望を受け入れる覚悟であると。
(ニーチェ哲学みたい)
愛するには、勇気も当然必要と。
(正論の中の正論)
△愛するには、能動的でないとできないと。(名言です)
△公平と愛とは違うと。
公平では、自分にしてもらった分だけ相手にもする、となる。
こういうのは、本物の愛ではないと。
近年の市場原理主義(交換条件での)の影響ありと。
(なるほどと感心です、しかし交換的平等の考えは 大昔からありと思う。今に始まったことではないが、そればかりでは 良くないこと)
△現代社会は、(1956年当時)企業経営者と職業的政治家によって運営されていると。(今では、もの言う投資家もいる)
そして、大衆は操られていると。(私見では 今でも、似た面もあると 考えます)
△人が経済システムに奉仕するのではなく、経済システムが人に奉仕しないといけないと。
社会生活が、人を愛することと 分離してはいけないと。
・正にその通りです。現代はウェルビーイングとかの考えもありで、人々の幸福求める動きが加速していると考えられます。
そのためには 様々なもののレベルアップがいると考えられますし、また前に進んでいくと 考えられます。
紆余曲折しもって、世代をまたいでも。
(我々は巨人の肩にのっている、また巨人を支えた人達のうえに 生きている です)
△フロム氏は、愛こそが いかに生きるかに対する唯一の答えと。
※これは、いかに生きるか?善とは?人の幸せとは?に関係することです。
今は、いろいろな幸せのかたちが いわれています。
(良い人間関係での、自己実現での、慈善活動での 、静かに平穏に、等)
・まず第一に、他人に迷惑をかけない。(かけていい場合も たまにはあるが)自分(自分達)だけ得をしようとしない、が大事だと考えます。
(フロム先生も賛成してくれると思います)
・そして、いかに生きるか?については、建築家 安藤忠雄氏の父が いった言葉が適切だと思います。・(自分の思うように生きろ。自分が納得する生き方をしろ。)
※ 最後に、60年以上も前に 、このような素晴らしい 啓蒙書を書かれた 、エーリッヒ フロム先生には尊敬の念しかありません。世界的ロングセラーというのが頷けます。
何かの発展は、元となるもの(テキスト・ことわざ的もの・初歩、原理 原則)があって初めて出来るもの(真理であれ、叩き台であれ)、このような著書は重要です。
・愛するということ、この著書 皆さんに ぜひ読んでもらいたいと 思っています。
・(終り)
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