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ヒロインの過去と未来はあなたが決める−廣木隆一『母性』  

エッセンスの抽出

廣木隆一さま
 映画『母性』、拝見しました。映像化されることの多い湊かなえ作品のうちで、まだ映像化されていないものでした。どんな映画になるのかしら、ルミ子役は難しそうだなあ、などと観る前から思いを巡らせていました。
 原作は連続ドラマにできそうな長さなのですが、それを2時間にまとめるために、エッセンスを抽出したという印象でした。義理の父は、ルミ子が結婚前に田所家を訪問したときにしか登場しませんし、義理の姉憲子とその息子英紀、不思議な力を持つ彰子とその妹敏子も登場しません。原作の根幹といえる、娘清佳と母ルミ子の関係に焦点が絞られています。

たった一つの謎


 原作には複数の謎が仕掛けられています。自殺してニュースに取り上げられている女子高生と、「娘の回想」の語り手は同じなのか、ニュースをもとにあれこれ考える高校教師の女性が誰なのか、は、最後まで読まないとわかりません。けれど、映画では、ニュースの女子高生と清佳とは別人であること、清佳が長じて高校教師になったことは、初めから明らかにされています。映画は、なぜ清佳は自殺したのか、というたった一つの謎を解き明かしていくことになり、ルミ子と清佳の回想がポイントになっています。

二つの真実


 映画は、「母の真実」、「娘の真実」、「母と娘の真実」の三部構成になっています。浮かび上がってくるのは、母にとっての真実と、娘にとっての真実は異なるということです。田所哲史との新居の朝食で出てくるのは、ルミ子の回想では、ふんわりしたおいしそうなオムレツですが、清佳の回想では、失敗した、まずそうな目玉焼です。清佳は、祖母から小鳥の刺繍をしてもらったバッグをもらっていながら、「ピアノのバッグはキティちゃんにして」といいます。それを聞いたときのルミ子の弁当箱の落とし方は、ルミ子の回想では、ショックから思わず落としてしまったという感じです。一方、清佳の回想ではルミ子は床に弁当箱をたたきつけています。極めつけが、清佳の自殺前のシーンです。ルミ子の回想では、ルミ子は清佳を抱きしめていますが、清佳の回想では首を締めています。決定的な瞬間について、母と娘で「真実」が異なることが、原作を忠実に踏まえ、映像で示されていました。
 最後まで気になっていたのが、祖母の自殺の仕方です。原作では、舌を噛んだとなっています。映画ではどうするのかしらと思っていたら、頸動脈を裁ちばさみで切るという、裁縫好きの祖母にふさわしく、かつ映像的に映えるものになっていました。漱石の『こころ』のKの自殺を思い出しました。

ヒロインの過去と未来はあなたが決める


 結末近くで、清佳は同僚の男性教師を相手に、「女には2種類いる、母と娘です」と話します。そして、自分はそのどちらなのか、をお腹に手を当てながら自問します。清佳が、妊娠したことをルミ子に電話で伝えると、ルミ子は「怖がらなくていいのよ」といいます。妊娠したとき、自分が母にいわれたのと 全く同じ台詞を、娘に投げかけるのです。もしかしたら、清佳もルミ子同様、子を産んでも娘であり続けようとするのかもしれない、と思わせます。原作では、清佳はお腹の子を愛すると明言していますが、映画は、清佳が出産後、母として振る舞うことを選ぶか、娘であり続けることを選ぶか、観客に考えてもらおうとしているのです。
 映画は、ヒロイン清佳の過去のみならず、未来についても、観客に問いを投げかけ、考えさせる、そんな作りになっています。そこに映画のオリジナリティがある、と感じました。
#映画感想文
#映画母性


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