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日本列島には古事記以前の歴史があり世界と繋がっていたと考えてみた話。
TOP写真 徳島県神山町 天岩戸立岩神社 天の岩戸
最初にお断りから
まず最初に、このブログ。
始めてこれまで、
週に2,3度のペースで更新。
していたのですが、
ここの所、抱えている仕事の他、
学ぶべき課題が増えており、
なかなか、noteを書く時間。
取りにくくなっています。
数は少ないですが、
楽しみに読んでくださる方のために。
そう思って、週二は書こう。
決めて、続けてましたが、
その時間すら、
確保するのが厳しくなっています。
よって、これからしばらくは、
ペースを決めずに、
空いた時間ができたら更新。
そんなペースで書いて行こうと思います。
私の興味と 今思っていること
今日は特別、どこかの神社を紹介。
というわけではなく、
私個人的に思っていること。
最初は神社が好き。
から始まった神社巡り。
いつしか、これまで知っていた神話の世界。
矛盾点が見つかり、
気になって、各地の神社を訪れて来ました。
確かに、ここが神話の世界。
通説になっている地域の神社。
それはそれは立派に見えます。
立派な社殿は整然と整備され、
神々しさを放っています。
そんな雰囲気に、
昔の私は感動を覚えていました。
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それがいつしか阿波に行き着き。
阿波古事記なるお話をお聞きし、
最初は、
そんなことあるわけないじゃん!
と、思っていましたが、
実際に阿波に残る神社や遺跡。
地元に残る伝承。
見聞きしているうちに、
ここまで状況証拠が揃っている場所。
要するに辻褄が合う場所。
他にはない。
そう思えるようになったのです。
よって、
古事記に書かれている神話のストーリー。
それは阿波で起こった実話を元に書かれた。
高天原は阿波。
出雲も阿波。
阿波に残る式内社。
そこに祀られている神様。
現在、日本各地の大きな神社。
祀られている神様の多くは、
阿波から分霊された。
そう思っています。
日本列島各地に優れた部族があった
ただ、縄文、弥生時代。
現在の日本列島には、
各地に素晴らしい文明を持った部族が存在。
事実、
素晴らしい部族とは表現されてませんが、
主に蛮族扱いで古事記にも書かれています。
日本列島各地にいた野蛮な民族。
正義の味方の天孫族が征伐した。
そんなストーリーです。
多くの人が、目を向けない蛮族側。
歴史の中から抹消された記録。
現在に続く天皇家の歴史が日本の歴史。
なのですが、
それ以前にも、
天皇家の歴史以前の物語。
各地に存在していたと思うのです。
日本各地の縄文、弥生遺跡。
九州などにも多く残る古代祭祀遺跡。
各地に残る遺跡。
それらが、古事記の舞台の論拠。
みたいな議論がありますが、
そうかもしれない反面、
各地には、
天孫族も、うかつに征伐できない強者たち。
存在していたのです。
天孫族が全国へ出て行けた訳と時期
例えば、
仮に古事記の舞台が阿波であったとして、
なぜ、
天孫族はそれまで阿波中心に籠っていたのに、
全国遠征が可能になったのか?
おそらく、古事記の世界である阿波。
統一に成功したから。
同じ現在の阿波、徳島県に居た大勢力。
出雲族の統治に成功。
強大な海人族であった出雲族。
天孫族は元々は山の民。
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双方が力を合わせることにより、
全国進出が可能になった。
実際、徳島にはそんな伝承があり、
私が元伊勢と考える佐那河内村。
中学の校歌の歌詞に、
「忌部と海部、力を合わせ・・・」
そんな歌詞があるのです。
忌部とは祭祀集団であり、天孫族。
海部とは海人族であり、出雲族。
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双方が対立関係から友好関係に変わり、
お互いの力を合わせることにより、
全国制覇へ乗り出した。
神話の中では対立していた
天孫族と出雲族。
実際のところは分かりませんが、
大国主命、事代主命が国譲りを承諾。
その後、天孫系の神様と共に、
重要な神様として、
宮中にも祀られるようになります。
天孫族、出雲族以外の勢力に思いを馳せる
しかし、私たちは
それ以前の日本の歴史については、
全く、目を向けることはなかった。
そう言えるでしょう。
戦いは一人ではできず、
相手が必要。
天孫族に敗れ、
歴史から抹消された側。
残っていないから証明のしようがないけど、
そちら側の記録があれば、
それが真実に近い歴史となるのでは?
最近はそんなことを考えると同時に、
日本列島各地に存在した文明に対し、
尊敬の念を感じずにはいられない。
そんな心境です。
超古代から世界は繋がっていたのでは?
最後にもう一つ。
個人的推察。
私が学校で習った世界四大文明の時代。
世界は繋がっていたのではないか。
そう考えるようになりました。
エジプトやメソポタミヤから
遠く離れた日本列島。
また、北米、南米大陸。
文明の伝達が行われたのではないか。
世界各地に残る古代祭祀道具の類似性。
考えた時、
あり得ない話ではない。
そう思います。
特に、石を積む土木技術など。
とても興味深いものです。
そう考えた時、
ひょっとして、
日本列島発でエジプトへ行った民族が居たかも?
現、イスラエルへ行った民族が居たかも?
![](https://assets.st-note.com/img/1728909193-VBDuKI650GnEvfTZFHjmoQ8b.jpg?width=1200)
![](https://assets.st-note.com/img/1728909212-v8sehKIYJTm0XkjPDiBuV7La.jpg?width=1200)
![](https://assets.st-note.com/img/1728909226-xA4BcViaDdgZWOTHnblLX1PY.jpg?width=1200)
そんな繋がりがあり、
逆輸入的に、日本にやって来た民族が居て、
それが各地の有力部族と混血したのかも?
こんな説を唱えると、
天皇家の出自に関するところへ行ってしまう。
軽く口に出せない問題に辿りつく。
もし、都が阿波であったとして、
なぜに、その歴史が消されたのか。
古事記が新しく作られた時期。
奈良に都が出来てから。
タイミング的に、
いろいろ詮索してしまうのは、
私だけでしょうか。
まあ、そんなことよりも、
天孫族や出雲族以外にも、
優れた部族が日本各地に存在。
各部族が、世界と繋がるルート。
持っていたとしたら、
それはそれで、
とても面白いお話ではないでしょうか。
日本の縄文時代から、
世界は繋がっていた。
![](https://assets.st-note.com/img/1728909255-WfG2IdCg4ZJrejDobFpYa8q5.jpg?width=1200)
今の私はそう考えています。
だからこそ行ってみたい。
メソポタミヤ、シュメール文明の地へ。
いつか行けたらいいな~。
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本日も最後までお読みいただきありがとうございます。
これからしばらくは、(3か月くらい)
不定期になりますが、
更新しますので、
引き続きよろしくお願いいたします。