
スプリングスティーンのレコード
中学、高校時代はとにかくレコードを買うためにいかに金を工面するかということに心血を注いだ。
部活や委員会の仕事もあったので、バイトなんて出来ない。かといって小遣いだけではLPレコードを1枚購入するのがやっとである。当然、昼飯を削って金を作ってもタカが知れているし、毎日昼飯を抜くのも辛いものがある。
そんな時に手っ取り早く金を手に入れる方法として考えたことは、自分の持っている不要なものを友達に売るということだった。自分の家にある本や漫画、Tシャツやらトレーディングカード類など・・・それらをノートに書き込んで販売価格を書く。そして、休み時間にみんなに見せると、意外や意外、これが飛ぶように売れた。そして、噂が噂を呼び、隣のクラスのヤツも私のノートを覗きにくるようになった。
「あ、これくれ!」「じゃ、500円ね、商品は明日もって来るわ」なんてもん。
そうこうしているうちに、自分で売るものがなくなり始めた時、I君が「俺の家にある要らないものも売ってくんない?」と言い出した。
「お前も同じようにやればいいじゃん」と言うと、「俺は口下手だからなかなかそんなようにできないよ・・・」なんて言いやがる。
「いいよ。その代わり、販売手数料で10%差し引くぜ」と言ったら、I君どころか他にも大勢の委託者が集まってきた。
私のノートは友達の商品で真っ黒になっていった。
これ、本当は学則で禁止されている学内での商品販売行為だったのだが、そんなことはお構いなしに私は売上を伸ばしていた。
因みに・・・大学時代、家内と伊丹十三監督の「マルサの女」という映画を観ていた。その映画の中で、脱税をしている山崎努の息子(小学生)が当時の私と同じことをして友達と商売をしているという逸話が流れたとき、家内は大声で笑っていた。
「ここにもおんなじことしていた人いますよ~」
これって、今考えるとフリーマーケットから派生したメルカリと同じ仕組みだ。
私は約40年前にメルカリの仕組みを実践していたことになるのだ。
ま、そのおかげで、レコードを購入することができたのだが、私の場合、闇雲にヒットアルバムを購入するわけでなく、中古レコード店「ハンター」に通い、誰もが購入しそうなものは敢えて外し、誰も聞きそうにないレコードを選んでいた。
ヒットアルバムは何年経っても在庫はあるだろうし、最悪、友達も持っているだろうから借りることもできるだろう。しかし、マニアックなものは流通が少ないし、一度逃すと次が無いという感覚もあり、そういったレコードがあるとすぐに購入していた。
そんな中、ブルース・スプリングスティーンが『明日なき暴走』(1975)の大ヒットをアメリカで記録した。次作の『闇に吠える街』(1978)も順調なセールスを上げていたとき、ようやく日本でもちらほらと話題になってきていた。
私は、『明日なき暴走』も『闇に吠える街』も揃えてはいたが(スプリングスティーンはそんなに有名ではなかったので中古市場にもあまり出回っていなかったので購入するのに苦労した思いがある)、彼のファーストアルバムである『アズベリーパークからの挨拶』(1973)は持っていなかった。

スプリングスティーンは「土曜日の夜、可愛いあの娘とデートするために他の日は犬のように働く」と歌う労働者の匂いがぷんぷんしたミュージシャンだったから、そんな生活習慣の無い日本人にじはなかなか理解されなかったのだ。
そんな彼のファーストアルバムはディランの真似事と言われることもあったようだが、私にはただのロックンロール好きの兄ちゃんという印象だった。
『アズベリーパークからの挨拶』は中古盤屋をいくら探してもその盤は無く、ようやく見つけた先が、丁度日本に進出してきたばかりのタワーレコードだった。しかも、その盤はカット盤(B級品)として陳列されていた。
しかし、その時、私はもう1枚欲しいアルバムを見つけてしまっていた。
レーナード・スキナードの『セカンド・ヘルピング』(1974)である。しかし、2枚いっぺんに購入するだけの余裕はない。

そこで、一緒にいた友達のY君に交渉。
「スプリングスティーンのデビュー盤に興味ない?今、すげ~流行っているスプリングスティーンだよ。え?ヒット曲?あ、それは・・・収録されていないな・・・でも、若い息吹というか情熱というか・・・お前が買えばいいって?いやいや俺はレーナードを買おうかと思っててね・・・あ、レーナード貸してあげるから、スプリングスティーンを貸してよ・・・え?レーナード知らないの?・・・おお!知らないミュージシャン2枚も聞くことが出来るじゃない。こりゃいいよ!いい!」なんて言いながらY君をその気にさせていた。
ターンテーブルでスプリングスティーンが回っている。
レコードジャケットも折り目がついて本当の挨拶状のようなデザインでお洒落である。
Y君はこのレコードを貸してくれる時に「なんだかよくわからなかったよ・・・、イーグルスを買えば良かった気がする」なんて言ってたっけ。

スプリングスティーンがもがきながらようやくデビューを果たし、それでもレコード制作過程でコロンビアレコード社長のクライブ・ディビスから「今のままじゃヒット曲の要素がまったくないから、何か作れ!」と言われて作った「光で目もくらみ(Blinded by the Light)」と「夜の精(Spirit in the Night)」。この2曲はアルバムの中で異質な雰囲気となったが、それがアクセントになってアルバムを起伏あるものにしていると思うし、スプリングスティーンの荒削りな部分も際立ち、躍動感を感じることもできる。
このアルバムはすぐにカセットテープに録音し、Y君にレコードは返却したが、カセットテープでは飽き足らず、結局、翌月には自分のレコード棚に収めた記憶がある。
もしかしたら、Y君が私のところに来て「このレコード売ってくんない?」と販売依頼され、それを安く私が購入したのかもしれない・・・。
2017/7/5
花形