睡眠時に装着することで得られるデータからトレーニング効果を高めるコツを学ぶ
ランナーがパフォーマンスを向上させるには、トレーニングで「適度」な負荷をかけることが重要です。
ただ、何をもって「適度」と判断するのか、また「適度」と「過度」の境界は曖昧です。
実際、多数の研究によって、同じトレーニング負荷をかけても、パフォーマンスが向上する人もいれば、停滞したり悪化したりする人もいることが分かっています。
最近、フィンランド・ユヴァスキュラ大学のOlli-Pekka Nuuttila博士は、Polar社との興味深い共同研究の結果を報告しています。
この研究では、24名の一般ランナーを対象に、3週間のベースライン期、2週間の過負荷期、1週間の回復期を設けました。
ベースライン期のトレーニング負荷を基準に、過負荷期ではその負荷を80%増加し、回復期では40%減少させました。
そして、各期の終了時には、3000mタイムトライアルが行われ、パフォーマンスが評価されました。
対象者は、全期間を通じてPolar社のVantage V2を装着し、睡眠時間や睡眠時の心拍数、心拍変動(HRV)などの回復データを測定しました。
Polar社のデバイスは、睡眠状況を示す「Sleep Charge」や自律神経系のコンディションを示す「ANS Charge」といった独自の指標を提供しています。
結果です。
3000mタイムトライアルのタイムは、ベースライン期後から過負荷期後および回復期後に有意に短縮しました。
一方、Vantage V2で測定された回復データは、全体で見ると、期間ごとの有意差はありませんでした。
ただし、過負荷期中のANS Chargeの平均値と3000mのタイムの変化率には有意な負の相関関係が認められました(図を見ると、パフォーマンスが伸びた人から、悪くなった人までいることが分かります)。
ANS Chargeについて説明します。
睡眠時の心拍数、HRV、呼吸数を基に算出された指標で、-10から+10のスケールで評価されます。
0前後が通常レベルで、マイナスに傾くと通常未満、プラスに傾くと通常以上の回復を示します。
また、この指標は、他者との比較ではなく、自分自身の過去のデータに基づいて評価されます。
したがって、この結果は、過負荷期における回復状態が優れた人ほど、パフォーマンスが向上する傾向があったことを意味しています。
その他、ベースライン期と過負荷期における心拍数(正の相関関係)とHRV(負の相関関係)の変化率と3000mタイムトライアルのタイムの変化率との間にも有意な相関関係が認められています。
一方、Vantage V2で測定された睡眠時間やSleep Chargeなどの睡眠に直結するデータは、こういった関係性は認められませんでした。
得られた結果に基づき、Nuuttila博士らは次のようにまとめています。
また、Nuuttila博士らは考察において、自律神経系のコンディションに関するデータについて興味深いことを言っています。
確かに、心拍数やHRV(RMSSD)のデータを有効活用するには、自分でデータを眺めたり分析したりする時間が必要です。
私のような人にはそれが合っているのでしょうが、こういったウェアラブルデバイスを使う人の中でも、そういった手間をかけたいという方は少数派でしょう。
一方、ANS Chargeであれば、プラス、マイナス、またはプラマイゼロという解釈された数値を見るだけで自分の状態を簡単に把握できます。
また、メーカー独自のアルゴリズムの有用性は様々ですが、今回の結果を見る限り、Polar社のANS Chargeは実用に値する価値があると考えられます。
私はこれまでに書籍やセミナー、noteなどで、トレーニング負荷を高める過負荷期においても、コンディションを落とすことの弊害について述べてきました。
今回の研究結果はそれに関連しており、抽象的になりがちなコンディションを評価する上で、睡眠時のHR、HRV、ANS Chargeといった自律神経系のコンディションを表す具体的な指標が役立つことを示しています。
この記事は、「Nuuttila, O. P., Schäfer Olstad, D., Martinmäki, K., Uusitalo, A., & Kyröläinen, H. (2025). Monitoring Sleep and Nightly Recovery with Wrist-Worn Wearables: Links to Training Load and Performance Adaptations. Sensors, 25(2), 533. https://doi.org/10.3390/s25020533」をもとに作成したもので(私の個人的見解も含まれます)、CC BY 4.0 で使用されています。
以降はおまけです。
Polarと言えば、昨年10月から三津家貴也君がブランドアンバサダーに就任しています。
三津家君とは筑波大学在籍時に、一緒に研究をしていて、彼自身を対象とした事例研究にも取り組んでいます。
具体的に使ったツールは今回の研究とは異なりますが、「適度」なトレーニング負荷の範囲をHRVで見積もってコンディショニングの最適化を図り、一定の成果を挙げました。
英語ですが、興味のある方で読んだことがない方は是非お読みください(無料で全文読めます)。