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「薬指の標本」の感想文

小川洋子さん著の「薬指の標本」を読んだ。
新しく標本室の事務として働く主人公と標本技術士の話だ。
依頼人が持ってくる品物を標本にするというシンプルな仕事の様子が粛々と書かれている。

小川洋子さんの話を読んでいていつも思うのだが、小川洋子さんは現実にいる人間の生活を切り取っていて、それを深く理解しているわけではないのではないかということ。
現実の人間の営みや行動や考えや言葉一つ一つに説明がなされないように、小川洋子さんは人間が生活を進める上で生じる矛盾をあえて正そうとしない。
伏線のような視線や出来事が当たり前のようにちりばめられていて、それを野放しにする。
標本技術士の狂気の中に、なぜ主人公は優しさや穏やかさを見出しているのだろうか。
彼女にとって、事故で欠けた薬指はそれほど思いに留めるものだったのだろうか。
二人が、特に標本技術士が主人公の靴に拘るのはなぜなのだろうか。
小川洋子さんはきっと読者を納得させるなんて考えていない。
ただ、そこに存在している人間たちを描いているに過ぎないのかもしれない。

小川洋子さんが書く文章の中では、どんな理不尽さも、拘泥も、淫らさも、不自然さも、美しく行儀よく整頓され、静寂を纏う。
それがあまりに愛しくて、心地が良い。

靴磨きの主人が主人公にさよならを告げた。
主人公は本当に薬指だけが標本にされたのだろうか。
まるで主人公自身が保存液と共に試験管に入れられているのではないだろうか。
今も、地下室で標本技術士に眺められるのを祈って、待っているのではないだろうか。

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