【読書感想文】『ヴィリコニウム―パステル都市の物語』M・ジョン・ハリスン著
ときには薄暗い雰囲気に包まれたいときがあって、そんな気持ちにぴったりはまる本に出会えた。
書誌
M・ジョン・ハリスン(大和田始 訳)『ヴィリコニウム―パステル都市の物語』2022、アトリエサード
長編小説1つと、短編小説4つからなるソフトカバーの単行本。収録順に書くと、以下の通り。
まえおき
本記事の筆者はヴィリコニウム全くの初心者で、この単行本より以前には著者の名前も知らなかった若輩者ながら、わーっとこみあげるものがあったので、まずは「パステル都市」に限って感想を書いてみた。
(以下では、作品の25%くらいまでのあらすじを書いています。伏線には言及してその回収については触れないと、いうくらいですが、ネタバレを気にされる方は先に本書をお読みになることをおすすめします)
あらすじ
どんな話?
<午後の文明>と<たそがれの文明>のあとにヴィリコニウムが興り、それからさらに千年がたった。
当時のメスヴェンは、北方人の脅威を退けた名君であったが、王弟の政略結婚という過ちを犯した。
メスヴェン薨去から十年、玉座を要求する女王は二人いた。メスヴェンの実娘メスヴェト、その従姉カンナ・モイダートである。
ひとり海辺の塔に住む元<メスヴェン団>のテジウス=クロミスは、予期せぬ事件をきっかけに、メスヴェト女王のために再起し、昔の仲間グリフとの邂逅も果たした。
クロミスは、門衛も誰何もないパステル都市に駆けつけ、御前に参上した。そこで知ったのは、既に女王は平時の将が率いる軍を北へ送っていたということだ。そこでクロミスは、自分たち元<メスヴェン団>で以て軍の指揮をとることを目的とさだめ、そのために身の証として女王から指輪を賜った。
クロミスは、グリフのほかには昔の仲間の消息をつかめないまま、都を発って北へ向かった。そこに、一羽の髭鷲が南にあるセルルの塔へ行けと伝言をよこし、《ゲテイト・ケモジット》の脅威を告げた。
しかし、クロミスは北へ行った――鳥の忠告を無視して。
主人公はどんな人?
本作の主人公クロミスは、「自分には剣士よりも詩人のほうが似つかわしいと思いなして」(p113)いる人間だが、名より実を重んじる人物でもある。
たとえばこんな記述がある。
周りの人物はクロミスをどうみているのか?戦友グリフは「考えに考える者よ」(p131)とクロミスに呼びかける。とはいえ、クロミスの剣の腕がたつことはあちこちの描写から伺える。
感想(ネタバレあり)
(以下、作品の一部に関してネタバレがあります。結末には触れていませんが、ネタバレが苦手な方は先に作品をお読みになってから御覧ください)
作品全体をおおう、薄暗い雰囲気に魅了された。
なにが光を遮っているのか?
たくさんの答えがあると思うのだけれど、本記事の筆者にとって大きく見えたのは以下の3点だ。
銘なき剣
メスヴェン団員の消息
地の文の立ち位置
銘なき剣
銘なき剣というのは、「パステル都市」の主人公といってもよさそうな人物テジウス=クロミスの佩刀のこと。以下のように、シンプルな剣らしい。
さらに想像力をたくましくすると、銘なき剣というのは、作者ハリスンからのメッセージなのかもしれない。クロミスは60年代のエルリックみたいだけど、似て非なる展開をみせるお話ですよ、というメッセージだ。
また、クロミスが、ずっと同じ銘なき剣をつかってきたのか、それとも、その場その場で銘柄は気にせずに剣を調達していたのか、ということは不明だ。すくなくとも「パステル都市」のなかでは、ずっと同じ剣を使っているようだった。
この銘無き剣は作中で一度折れるが(p172)、のちに修復される(p188)。
本記事の筆者がおおまかに勉強したところでは、折れた剣とその修復、というのはファンタジー(神話?)的に重要らしい。言い換えれば、その剣がただの武器以上のものであることを示すらしい。ナルシルやテュルフングのように。
しかし、クロミスの銘無き剣は、ただの武器のようだ。
ちなみに、同じ武器なら、むしろ《バーン》のほうが、いろいろいわくつきだが(p120)、この《バーン》ですら大量生産されたものの一つであり、普通名詞にすぎない(p109)。
作中での銘無き剣の扱われ方は、この作品が読者をどこにつれていくのか(いかないのか)を、仄めかしているような気がする。
メスヴェン団員の消息
主人公クロミスは、かつて<メスヴェン団>という組織に属していた。どうやら、当時の王メスヴェンとの個人的な絆でもって成り立っていた組織らしい。「パステル都市」が開幕したときにもう、団は解散している。それでも作中には元団員たちの名前がしばしば出る。
そんな団員たちのうち、筆者が惹かれたのは飛行士ベネディクト・ポースマンリーだ。冒頭で(p111)、地の文が彼の名前を出したあと、再び彼の名前がでるまで、ずいぶんと時間がかかる。
だが、再び名前が出てみると、とにかくこのポースマンリー氏はすごいのなんの。登場人物のひとり、小人のトゥームにいたっては、ポースマンリーを守護聖人であるかのように扱っている(p220)。
ポースマンリーによる可能性の追求を知れば知るほど、そしてクロミスたちによる焦燥感あふれる探索行を読めば読むほど、筆者は物悲しくなった。
なお、北部族の慣習に通じたラバート・テインという元団員については…。
地の文の立ち位置
筆者には、「パステル都市」の地の文が、全知の立場から語っているようによめた。作中の表現を借りれば、地の文は「<時>の外」(p147)で語っているようによめた。
また、地の文は何かと予兆を示したり、予告したりする。たとえばこんなふうに。
ここでは吉兆と凶兆を並べたけれど、全体を通してみると、地の文が仄めかすのは凶兆のほうが多い気がする。
凶兆をほのめかさないとき、地の文はどこか物悲しい回顧に触れたりする。
このように「パステル都市」は全体に渡って薄暗い雰囲気がただよっている。それでも、筆者にとっては、その雰囲気を作る重量感と、物語の続きが気になる好奇心が上手に釣り合う作品だった。
(最後になりましたが、読ませていただきありがとうございます。執筆、編集、企画、翻訳、装丁、製本、流通などなど、ここに記しきれない数々の工程に関わった皆様に感謝いたします)
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