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実はもう悩んでいないのではないか?

おはようございます。あいです。

昨夜、とあるオンライン研修会に参加しました。

講義と、グループワークがあったのですが。

「物事のポジティブとネガティブ」

という言い方に、私は違和感を覚えました。

それは、「物事にはすべてポジティブもネガティブも含まれていて、結局どちらでもない、ニュートラルなもの」

というふうに私はとらえているからです。

おそらく、その講師の言いたかった表現と私の表現が違うだけで、目指すところは変わらないのかもしれません。

ストレスから解放され、悩みから解放され、自分が目標に向かって生きていき、他人にも貢献していこうよ。

という感じなのだと思います。

今の私は、体は疲れていますし、自分が努力してもどうしようもない家族のことでの悩みはあります。

しかし、すごく深刻に悩んでいるかというと、実はそうでもなく。

子どもたちが学校に行かないことについても、世間的にやいのやいの言われたり、周りに「学校に行かせないと…」と言われるから困るのであって、自分と子どもたちの間柄としては、悩むことはないのです。

だって、子どもたちは笑顔で毎日過ごしているのですから。

何かあれば、私にも話しかけてきますから。

確かに、過去にはたくさん悩みました。

自身のことについても相当悩んでいましたし、子どもたちのことも、「自分の育て方が悪いのかなぁ…」とも思っていました。

仕事のことについても、一時期「私は本当に他人を支援できているのだろうか?」と真剣に悩みました。

部署を変えてみて、大人の支援から子どもの支援に変わったとき、前のように頭や体を使いつつも「こころからの体当たりの支援?」がすっとできるようになったのは、自分自身に多少の余裕ができたからなのでしょう。

なぜそれができるようになったのか?

と、掘り下げて考えてみると。

悩みが解決した、というよりは、「悩みがすとんと腑に落ちた」感覚?

としか言いようのないような感じがするのです。

子どもたちとはこれからもかかわっていくことになります。

仕事は、辞めない限りなくなりません。

しかも、今のところは辞めるつもりもありません。

まだ学べるところがあるかなと思っているから。

あと、仕事柄、インプット(他人からの相談)が多いので、自分を表現するというよりも人の表現を受け入れることの方が多いですが。

Kindle出版という形で、今までインプットしてきたことを、アウトプットもできてきています。

そのことも大きいのかもしれません。

インプットとアウトプットのバランスが今とても良いのだと思います。

悩みがすとんと腑に落ち、インプットでもアウトプットでもある意味他人に貢献できているのかな…

という思いが、今私を支えてくれていると思います。

もちろん、その向こう側には、リアル・ネットともに、支えてくれる人たちがいること。

「感謝」

の気持ちが今すごくあります。

この、「感謝」の気持ちがごく当たり前に出てくることが、何より嬉しいです。

そんなことをつらつらと考えていて。

「私、実はもう悩んでいないんじゃないか?」

って思ったのです。

研修会のグループワークのときに、そのことが上手に言語化できていませんでしたが、一夜寝て起きて、

「ストレッサーをもはや私の心身はストレスとして認識すらしていない」

のではないか?

というような気がしてきました。

ストレスが「ない」わけではなく、「ある」のです。

ただ、「ストレッサーはここにあるね。うん。まぁでもそれだけ。」

ストレッサーに押されているというよりも、ポンと自分の目の前に置き物のように置かれている感じ?(←こんな表現でわかるかな…???)

オンライン研修会のときに、まとめられなかった自分の思いは、きっとこんな感じです。

ここに書いても何もまとまってないじゃん…と思われるかもしれませんが。

自分の考え方を整理したり、さらに深化させるには、インプット大事ネ!と思いました。

そんなわけで、オンライン研修会に参加できて良かったです!

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あい@福祉系心理職。
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