エモーショナル人材
NHKの朝ドラ「舞いあがれ!」は、どうしようもなく情緒的なのですが、それがこのドラマが発しているメッセージなのだと、僕は受け止めています。
AIが発達してきている世の中で、身近なスーパーのレジのお姉さんもいなくなり、暗い世相もあいまって、なんだか無味乾燥な世の中になってきました。
AIにできないことは何か?
最終的には、AIがすべてを包括する時代が来るとは思います。
資源が枯渇する前にその時代が訪れるかどうかは不明ですが、今の段階では、AIにできないことは沢山あると思います。
エリートから先にAI化が進む
「レジから人がいなくなる」という現象は、AIのせいではなくて、単なるOA、FA、ネット化の延長ではないかと僕は考えています。機械化・コンピュータ化の延長です。
頭のいいエリートは、AIにとって変わられるのは、頭の悪い、単純作業をしている連中だと思っていると思いますが、それはむしろ逆です。
論理をいくら緻密に構成したとしても、AIには勝てません。
AIが強い「論理」の部分からAI化が進んでいくため、最初に取って代わられるのは論理に強いエリートです。
エリートほど戦々恐々としなければなりませんが、エリートは既得権益を持っている場合が多いため、政治的にAI化されないという現象はあると思います。
しかし、それは本質ではありません。
エモーション
論理的な人は「情緒」を嫌う傾向があります。
また若い人(特に大学生)も、そのような傾向があると思います。
僕が若い頃も「熱い」とか「人情」みたいなものはカッコ悪いと思っていたし、たいして世の中のことを知らないくせに、なんとなく冷めた目で世間を見ていたと思います。
ちょうど僕の年齢前後は「新人類」と呼ばれて、無気力・無関心な人間のように言われていました。
でも今から考えると、あの頃(80年代)は結構、熱い時代だったと振り返ることができます。僕らが冷めていたのは、70年代的熱さへのアンチテーゼだったのですね。
AIが持てない情緒
今のところ、AIが最も苦手な部分は「情緒」つまり「エモーション」ではないでしょうか。
エモーションは、日常生活のどこにでも転がっています。
しかし「生産」とか「経済」とかいう世界で、エモーションは否定的に捉えられていますね。
従来、否定的に捉えられていたエモーションを生産や経済に活かすことが、これからは大切になってくるような気がします。
というか、そうならないと生産や経済の世界で人間が活躍できる場が無くなっていくと思うのですね。
「舞いあがれ!」 が示唆するもの
僕の勝手な思い込みですが「舞いあがれ!」はそういったエモーションと生産と経済を、無理矢理結びつけたストーリーなんですね。
確かに、今の感じだとエモーションを活かしたかたちでの工場再生は無いような気がしていますが、うまくエモーションを活かすと、また別の世界があるかもしれないなと感じたりはしています。
エモーショナル人材
どっちみち論理はこの先、あるレベルで停滞すると思うので、そこにブレイクスルーを見出せるのはエモーションを持った人材なのではないかと考えます。
そして、エモーションが大切な分野が、今後の成長分野となっていくでしょうね。