「ですます調」と「である調」、そしてジガ制限
※江草は今月むやみにnoteの長文を書き続けすぎたため、使用が許されるジガが枯渇しました。よってこれから1日500字の低文字数制限がかかります。
というわけで、すでに貴重な約100文字を消費してしまいました。なんてこった。
ともかく急ぎ何か本題に入りましょう。
ここ数日あえて「である調」で記事を書いてみてました。ただの気まぐれで深い意味はなかったのですが、いかがだったでしょうか。
普段は基本的に「ですます調」で書く人間なのもあって、「である調」を書くたび毎度新鮮な気持ちになります。
「である調」の方が、ちょっとかっこいいですよね。渋いというか、ダンディーというか。
ただ、その分言い方がドライで冷たい感じもでちゃいますよね。
「けんか売ってる」とか「怒ってる」感じに見られちゃったら、それは嫌だなあとも思います。
その点「ですます調」は丁寧で優しい感じにはなります。ただ、語尾の変化が乏しくて単調になりやすいのと、脳内の思考からワンクッション変換が入る感じがして、「である調」ほどダイレクトに思考が表現できない感触もあります。
好みが分かれるところでしょうけれど、慣れた「ですます調」で引き続きが文字数
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