『日本の少子化対策はなぜ失敗したのか?』読んだよ
山田昌弘『日本の少子化対策はなぜ失敗したのか?〜結婚・出産が回避される本当の原因~』読みました。
岸田政権の「異次元の少子化対策」に注目が集まっています。江草も普段から少子化問題にやいのやいの言ってる身ですから、一度状況をおさらいしておきたいなと手にとったのがこの本です。
著者は家族社会学者の山田昌弘。「パラサイト・シングル」の言葉の産みの親でもあるらしく、家族関連の社会問題に対する見識には定評のある方のようです。
読んだ感想としては、とても面白かったです。
とりあえず、著者の描く全体像を見る限り、少子化問題に対して江草の抱いていた直観はさほど外れたものではなかったなと胸をなでおろしました。著者と見解がおよそ共通しているという意味では、江草個人的には全くの新しい視点が得られたわけではなかったのですが、問題点をクリアーに再度理解できたという点で非常に有用な読書体験であったと思います。
では、著者の見る日本の少子化対策がうまくいかない原因は何か。
それは、欧米と異なる日本独特の文化や価値観です。
日本の恋愛観、結婚観や家庭観は欧米と異なるのに、欧米の少子化対策成功事例をそのまま日本に導入してなんとなると思ってしまったのが失敗であったというわけです。
一言で雑に言ってしまうと、「日本人は欧米に比べると、世間体を気にし、リスクを嫌い、家計に関し現実主義的なので、経済的に将来安泰が十分に保証されてると思えないと結婚や出産に至ることはない」という感じです。
欧米といっても、性格は国によってもちろん多様です。大きく分けて社会保障が充実している北欧型と、自由競争ガンガンタイプの米国型があります。
北欧型では社会保障が充実しているために出産育児をすることに対する経済的不安が少ない。
米国型では世知辛い世の中を生き抜くにはかえって夫婦というチームを組んだ方が有利であり、かつその強い独立志向から子どもも大学入学時点から自立を求められる結果、日本では大問題となっている大学学費の負担を親が気にしないで済むという点で、出産育児に対する経済的不安が実は少ない。
そして何より、日本に比べると欧米の若者はロマンチストなので、あまり将来の経済的保障を計算して出産育児をするという感覚でもない。婚外子や離婚再婚に関しても寛容なので、変な話、結婚出産もゆるく行われるというわけです。
対して、日本は社会保障が十分に充実しているわけでないために、将来への経済不安が強く、独立心が高いわけでもないために子ども一人あたりの親にかかる負担が大きく、子への愛情がありすぎて過保護に育てようとし、慎重で堅実な性格から恋愛や結婚を理性的にとらえ二の足を踏んだまま年をとってしまう。
そして、婚外子や離婚に対しても不寛容な文化であるし、世間体を気にして生活レベルを落としたくない、それでいて女性側はまだ労働市場で不遇な立場であるから(そして育児家事の主な担い手とされているから)結婚(なんなら恋愛の時点でも)に際してかなり強い経済的な保証を求めてしまう。いわゆる安定志向ですね。
その結果として、経済的安心を与えてくれない低収入男性が売れ残ってしまい、「未婚化」が進む。それが当然のことながら「少子化」につながるというわけです。
このように、日本があくまで欧米と異文化の国であることを軽視した結果、欧米のような少子化対策では効果が上がらなかったのではないかとするのが本書のメインメッセージとなります。(といっても米国は自由放任してるだけで少子化対策はたいしてしてない気はしますが)
江草も以前「計算こそが少子化対策の天敵」と指摘するnoteを書いていましたが、まさに本書の見立てと共通するものがありますね。
さて、「日本独特の文化や価値観から将来の経済リスクを避けようとする結果、結婚出産に慎重になりすぎて少子化が止まらない」というこの結論が正しいとすれば、必然的に「文化や価値観を変える」か「経済不安を取り除く」のどちらか、もしくは両方が必要になります。少なくとも今までの少子化対策では、両方とも十分には実現できてなかったと言えます。
著者も結論的にこうまとめています。
さきほど、北欧型と米国型の少子化対策モデルをご紹介しましたけれど、つまり日本はどちらとも言えず中途半端な立ち位置なのですよね。
でもだからこそ、北欧型を目指す「もっと社会福祉を充実すべきだ」という左派と、米国型の「もっと個々人が独立心をもって自由に競争させるべきだ」という右派の綱引きになって、結局にっちもさっちも身動きがとれないという状況なのかもしれません。
ここを一気に突破できるかどうかが、まさに「異次元の少子化対策」が期待されてるところなのですが、果たしてどうなるでしょうかね。
ところで、①の「結婚して子どもを育てても生活レベルを維持できるという期待を持たせるようにする」という経済的政策はもちろん必要ですが、②の変えるべき「世間体意識」として著者が触れてないけれど江草は変えるべきと考えている意識として「仕事が育児よりもエライという意識」があります。
著者は世間体についてこう語っています。
そして一方で、こんな仕事観に関する調査結果も挙げています。
このように仕事に対する満足感が低下してきているにも関わらず、結局育児よりも仕事を優先する人々ばかりなのは、日本では「仕事をしている者がエライ」という世間体意識があるからでしょう。
そして、仕事を前提としないと経済的安定が得られないこと、すなわち育児介護家事などの仕事以外の必須活動に対する社会的経済的扶助の意欲が低いこともまた「仕事がエライ」という世間体意識の反映と考えられます。
であれば「(仕事ではなく)育児をしている者がエライ」とひとたび世間体意識が変われば一気に社会の雰囲気は変わるはずです。経済的にも心情文化的にも育児へのインセンティブが俄然高まるわけですから。
「働かざる者食うべからず」とか「日本人は勤勉なのが誇り」とか、日本人はとにかく働くことに真面目です。
しかし、ついにその日本人の特性が裏目に出てしまったのが少子化問題なのではないでしょうか。
仕事は社会にとって確かに必要です。だからこそ「仕事をしていることは社会の役に立っているわけだからエライのだ」という主張が全くの無根拠というわけではありません。
しかしながら、「過ぎたるは及ばざるが如し」と言う通り、社会の全員であまりに仕事を優先しすぎた結果このように少子化に至り社会の持続が危うくなっているのであれば、今や「仕事が社会の役に立っている」という前提が成り立たなくなってると言うべきでしょう。
その上、仕事に対する個々人の満足感も低下しているのであれば、今こそ仕事の社会的優先順位を下げることで、社会も個々人も幸せになるのではないでしょうか。
……と、脱線しましたが、そんなわけで本書は日本の少子化問題を知る上で、非常に重要かつ良い一冊であったと思います。
新書ですし、サラサラっと読めるボリュームでもありますので、多くの人に読んでいただきたいですね。
なお、本書では基本的に日本の少子化問題に注目されてますが、実のところ現時点で日本よりマシなだけで諸外国も別に少子化問題が解決したとは言えない状況です。
なので、今後世界的な少子高齢化がやってくる予想が出ており、日本の少子化問題はこの世界的危機の第一波に過ぎないとも言えそうです。
この世界的少子高齢化問題を論じた書籍『人口大逆転』の感想文も以前書いてます。
世界ヤバい。
そんな中、ある意味日本は「世界で最も早く少子高齢化の危機を実感できてる国」なわけですから、この運命を奇貨として、最も早く少子化問題に着手できている国として世界に先駆けることを目指すべきかと思います。
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