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奈良の夜景:メイキング

 奈良の夜景の変奏曲。始めは古い写真を見てちょっとした掌編を書いたものが,リライトを重ねて、最後は12000字の小説になった。その経緯について5000字程で書いておく。
 まず,ここまでの作品の成立過程をふりかえる。

1.奈良の夜景:愛なんて知らない 7月3日。
 この前に,「失われていく情緒:手紙」を6月30日に載せている。
 今のメールやLINEでの連絡より,速くても2日はかかる手紙の方が情緒があるね,という話。
 7月2日に,「旅と駅弁」の第1回の記事「日光鱒寿司」を載せている。
これらとどういう関係があるかというと,
 旅ネタがなくなってきたので,別ページでやっている旅と写真のところをはじめから見直して,駅弁だけ拾おうと思ったのがきっかけ。2009年10月の日光の次が11月の奈良・明日香。
 このときの写真を見ていて,掌編の構想が浮かんだ。見ていた写真は,二月堂の本堂から見た奈良市街。大仏殿がシルエットになっている。これがタイトル写真。二月の本堂は次のようになっていて(わかりにくいが)夜でも上にあがれる。

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その他,奈良市街,興福寺五重の塔,国立博物館などの写真があった。
 このあたりは,修学旅行の定番。そこで,修学旅行で一緒に二月堂に行ったふたりが,大学進学で別れて音信不通になり,主人公の方がもう一度二月堂を訪れて懐かしむ,という話を考えた。ここで,音信不通になる状況を考えると,メールやLINEより,手紙だろうというのが「失われていく情緒:手紙」からの発想。
 この原稿を書いた後,今の若い人だったらどう書くかを考えて書いたのが次の第2作。

2.奈良の夜景 愛なんて知らないR 7月4日
 今だと,ちょっとでもはぐれたら携帯電話かスマホで連絡だろう。
 どこかに行ったら,自撮り写真だろう。撮ったらそこで見て,「いいねいいね」と言うだろう。
 大学に行ってからもメールだし,SNSもやってるだろう。
 ということで書いたのだけど,メールはともかく,二月堂で自撮りして喜ぶって,いかにも今風で,でも情緒のかけらもないなあ,と思ったものだ。
 やっぱりここは,写真なんか残っていなくて,記憶の中の「君の横顔」だろう。

 この作品は,「失われていく情緒:手紙」をテーマに2つ書いて,それで終わりのつもりだったのだけど,7月7日の朝,マリナ油森さんが,【おさそい】#書き手のための変奏曲 を告知。企画概要に「過去作をリライトする」とあるので,これなら参加できそう。折りしも,6月28日に「バラライカ:リメイク版」ではじめて「リライト」をしたばかり。
 では,どれをリライトするか。始めの頃の作品も考えたけれど,今「リライト」したばかりの「奈良の夜景」が頭に浮かんだ。別れたきりじゃなくて,再会することにしよう。

3.奈良の夜景 十年の後 7月8日
 折りしも七夕。再会にはぴったりだけど,「毎日更新」のために翌8日のアップとなった。
 実際にはリライトではなく「続編」なのだけど,終わるはずだった作品だし,「変奏」でいいだろう。
 まずは,時代設定。どうやって再会するのか。連絡は途絶えてしまっているはず。町でばったり,では面白くない。となるとネット。しかし,今風版は情緒に欠ける。そこで,十年後という設定。この「十年の後」という設定は,柴田翔の「十年の後」から,タイトルだけ借用したということもある。
 さて,ネットで検索して発見するのだけど,ここはやはりSNS。となるとハンドルネームが必要。もちろんフェイスブックのように基本が本名でもいいのだけど。そこで,「高校時代の彼女のニックネーム,それも私との間だけで使っていた呼称」となるのだが,どんなニックネームかは書いていない。思いつかなかったし,その後の展開で困ることもないので。
 もう27歳くらいだから,当然呑む。そこで,晴朗邸勝手口を舞台にした。2009年に実際に行っている店で,写真もある。実在なので,おかみさんの佐容(さよ)さんには事後承諾を得た。フェイスブックでのおともだち。
 呑みながら過去のことを聞くが,それは明かされない。「ごめんなさい」だけ。何かあったんだから,そう簡単には言えないだろうし,あえて書かない方が面白い。
 呑んだあとは,当然思い出の二月堂へ。10年前の約束。ここで,陽子が「約束したわね」というところがちょっとした狙い目。単に当時のことを覚えているだけではなく,それを「約束」として果たそうとしている。つまり主人公(名前がない)に気持ちが動いている。それを,主人公が「いや,約束かどうか」といったん引き,「いいわよ,こんど案内してあげる」ということで,二人の関係が戻る予感を出した(つもり)。
 陽子に何があったかは知らないが,主人公にも当然学生時代に何かがあったはず。ラストは,その過去を封印してこれからに向かおうとする思いで終わる。
 今風だと,ここで抱きあっちゃったり,キスしちゃうのかもしれないけど,それを書いてしまうとあまり情緒がない。

4.奈良の夜景 第三変奏 7月16日
#書き手のための変奏曲  では,「マイルストーン」という言葉が使われている。ならば,何度リライトしてもいいわけ。
 折りしも,上田聡子(ほしちか)さんの「金沢 洋食屋ななかまど物語 (PHP文芸文庫) 」で,ひさしぶりに小説を読んだ。これが7月13日
 その前は,単行本で吉玉サキさんの山小屋ガールを読んでいる。いずれも縦書き。そこで,noteで縦書きを実験したくなった。小説だから。
 買ったまま,ちゃんと使ったことのない,「Hagoromo」というソフトがある。テキストエディタなのだけど縦書きができる。そこでこれを利用。主題と「十年の後」を合わせてひとつの作品にする。普段使いのワープロソフト(Pages)でも縦書きができるので両方やってみたけど,日本語禁則処理などの関係で Hagoromo を採用。
 さて,全体をつなぐために,時代を再設定。大学生になってから手紙を書いたが戻ってこず,消息が失われる,という設定は崩したくないが,SNSで見つけるなら,時代的にはメールも使っているはず。そこで,メールも使ったけれど,まだLINEなどはなく,十年の間に環境が変わるという時代設定にした。iPhoneが発売されたのが2013年だからその前後でよいだろう。
 十年経っているので,スタートはそこから。近鉄で奈良に向かう途中で高校時代を思い出すという設定。あとは2つをつないで,細かいところを修正。

・陽子と待ち合わせるのではなく,興福寺で偶然出会うことにした。二人とも「はみだし者」で単独行動を好むからだ。出会ったならば何か会話が必要,ということで,「ライトアップで俗化している」という陽子の感覚が,文学少女という設定につながった。

・二月堂への道筋は地図を見て確認。南大門から鏡池というルートにした。

・ラストを補筆
 27歳くらいになってるとすると,化粧もしているだろうから,並んで夜景を見ているのだったら肩が触れるだろうし,オーデコロンか何かの香りもするだろう。そこで「かすかな柑橘系の香り」
 なにか台詞があってもよさそう。陽子は何を思っているのだろう,ということで会話を入れた。もう一度付き合いたい主人公に対して陽子の気持ちは? 住所もメールアドレスも消してしまうくらいの「何か」があったのにここでの再会に応じたわけは。そこで浮かんだのが「天の配剤」。

・振り向いたあとは? 読者にお任せ。

5.かくして,第四変奏。(7月27日)
 全体を通した「十年の後」と「縦書き実験」の第三変奏で話は完結しているものの,何か不完全燃焼。折りしも,長文の小説を読む機会を得た。同じく#書き手のための変奏曲 に応募している涼雨零音さんの「サイカイカフェ」。これをプリントアウトして読んで「プリントアウトしてnoteを読む」を書き,次いで南葦ミトさんの「ボウキョウ」1話〜10話をプリントアウトして読んだ。ボウキョウは一話だけで1万字ないし1万五千字という作品。そこで,こちらも一万字が目標となった。第三変奏が3400字くらいなので,3倍の分量である。どうやってその分量を書くか。始めから「説明が足りないところ」をチェックしながら構想をまとめつつ書き進めていった。

(1) SNSで見つけたという「ニックネーム」とは何か。高校時代のふたりの関係は?
 ふたりは,「あぶれ者班」で一緒ということになっている。そこで,この班を作る過程を書くことで,ふたりの関係を表すことにした。ここで「ニックネーム」も登場する。それを「説明」ではなく表したい。そこで,登場人物に語らせる,という,テレビドラマでよくある手法を使うことにした。この「登場人物に語らせる」がその後も続く。

(2) 夜に東大寺にいくというシチュエーションだが,なぜ夜に? 昼間には行っていないのか。
 これは以前から考えていたところ。明日香から奈良に来て泊まり,翌日奈良を巡る,という設定だが,これを変えた。昼に東大寺にいくなら,春日大社にも行くだろう。そこで,平城宮跡から「藤原氏」をテーマに巡るコースを設定。それで冒頭に平城宮跡も出てくる。このコースだと,普通は二月堂には行かない。これで「昼間の喧騒」を知っており,昼間には行っていない二月堂に行く,という流れができる。
 (1)では,主人公のニックネームは述べられていない。ここで登場する。ニックネームの由来はまたあとで語られることにした。

(3) 昼間のエピソードを追加
 夜,興福寺で出会った二人がそのままデートしてしまうにはそれなりに親密になっている必要がある。そこで,鹿せんべいのあと大仏殿に一緒に行き,春日大社でも二人だけの時間を作る。春日大社の本殿付近にはいくつもの社があるが,そこでは「藤原氏コース」の生徒たちが何人もいるから,ふたりだけというわけには行かない。そこで,思い切って誘って飛火野だ。
 ここで,陽子が「まほろば」を歌うのは,夜の「女ひとり」との関わり。いずれも恋に関係する歌。

(4) 二月堂からの帰り道
 二月堂で奈良の夜景を見たあとのエピソードを追加。ここで,永六輔の「女ひとり」を陽子が歌う。これについては他の作品のために温めておいたのだが,なかなかうまくいかないのでここで使うことにした。これが結果的にラストシーンへの伏線となった。

(6) 三年生
 第三変奏では「一年後の大学受験をお互いに邪魔しないことを言い訳にして距離をとっていた」としか書いていない。そこを埋める。
 陽子は成績優秀で,文芸部。陽式部というペンネームを持っている。ギャル系ではなく精神的におとなで群れない,というキャラクタを出したつもり。

(7) 大学時代
 「十年の後」で「1年だけ別の女を愛した過去」と書き,第三変奏で「ある出会いは「その先」がなかった」「その不器用で学生時代のあの恋を消してしまった」と書いた。このエピソードは必要だろう。
 そこで,マンドリンクラブで出会った後輩,ということにして出会いから失恋までを書いた。陽子と違ってカワイイ系。単に振られるだけでなく,R自身も傷ついてマンドリンクラブから去る。「守れなかった」ことが「臓腑をえぐるような失意」となる。
 四年生になってのクラス会で,陽子が消息不明であることが一層鮮明になる。
 秋に奈良を再訪。飲み会を抜けて二月堂に行く道雅は,いかにも未練がましい。女を口説き落すようなスマートさのない不器用な男というのは,第三変奏のラストで示されているが,不器用さを随所に表すことにした。たとえば,近鉄奈良駅前での再会のシーン。うまい台詞を言えない。

(8) 陽子の過去
 なぜ陽子は消息を絶ったか。それを晴朗邸勝手口で陽子自身に語らせる。簡単な話ではないので,途中で酒と料理の注文もするという時間の取り方をした。佐容さんの出番も多くなったので事後承諾。
 一方,道雅は「不器用」なので陽子のように過去を語ることはできない。(読者は知っているのでもどかしく思う)

(9) ラスト
 「十年の後」では,陽子は横顔のまま。第三変奏では振り向く。陽子の気持ちはどうなのか。第三変奏で「天の配剤」を使った時点で,道雅に心は向いている。今まで甘える態度などまったくなかった陽子が最後に「頭をもたせかける」。陽子が歌う「女ひとり」は始めのフレーズだけ。
 最後の台詞は「今ならわかるよ,陽子」にしようとしたのだが,不器用な男がここで「陽子」と呼び捨てにはできないだろうから「さん」をつけた。

以上,奈良の夜景マイルストーン。
「なぜここはこうしたのか」というところがあったらコメント欄でお願いします。

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